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獣の注文 6

 地面に転がっているアリカとサラサを起こし、その縄を(ほど)きに掛かる。

「見張りに捕まったって、ルドが言ってたが、見張りに出ているのは、確か子供たちだろ? お前たちなら捕まらないと思うんだが?」

「だって子供なのよ! しかもフワフワで可愛いのよ!? 怪我させる訳にいかないじゃない!!」

「モフモフの子供たちが沢山いました」

「ああ、分かった、分かったから。興奮するな。暴れるな。縄が解けないだろうが」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐアリカの相手をしながら、作業を続ける。

 その賑やかな様子を、セトナは、静かに見詰めていた。




「え、グリフォン? グリフォンが出たの?」

「ああ、そうだ」

 俺はアリカとサラサの縄を解いた後、自分のテントへと連れて行き、二人に今までの経緯を説明していた。

 テントの中には、俺とアリカとサラサ。そして、何故か付いてきたセトナがいる。

「あんな珍しい魔物が出てくるなんて……それで? 退治したの?」

「いいや、まだだ。深手は負わせたんだがな」

 俺の言葉に、セトナがしゅんとしてしまう。

 仕留め損ねた事に、責任を感じているようだ。その耳もペタリと倒れてしまっている。

「追いつめたのに、逃げられたの? それってマズくない?」

 アリカの危惧は分かる。手負いの魔物は凶暴性を増す上、グリフォンは知性の高い魔物だ。

 深手を負わせた俺たちの事を警戒してくるのは、間違いない。

「私がトドメを焦ったせいで……」

「気にするな、セトナ。次こそ仕留めれば良いだけの話しだ」

「……ああ、そうだな。次こそは奴を仕留めてみせる。情けない所を見せて、済まなかった」

 俺が(なぐさ)めの言葉を掛けると、少しは、気を取り直したのか、弱々しくだが、微笑むセトナ。

「むー……」

 そのセトナと俺の様子を見て、アリカが(うな)り始めた。

「何だよ?」

「べっつにー。ただ、仲が良いんだなぁーって、思っただけですから」

「ば、馬鹿を言うな! こんなよそ者と、仲が良い訳ないだろ!!」

 手と尻尾を激しく振り、全力で否定するセトナ。

 アリカはただその様子を、ジトっとした目で見つめるだけで、何も言わない。

「おい、スタ……よそ者! お前からも何か言ってやってくれ!」

「何でそこで、俺に振るんだよ……」

 正直勘弁して欲しいのだが、アリカの視線の圧力は、ますます増していく。

「おい、サラサ。アリカの奴を何とかしてくれ」

 アリカの扱いに困った俺は、サラサへと頼んだのだが、返事がない。

「……おい、サラサ?」

 そう言えばサラサは、ここへ来てから一言も発していない。

 どうしたのかと、サラサの方を向いてみると、

「……フワフワ……モフモフ……気持ち良さそうです……」

 幸せそうな表情で、セトナの尻尾へと視線を(そそ)いでいた……。




 アリカたちが集落へと来てから、数日が経った。

 あれ以来、グリフォンが現れる気配がまるでない。

「もう何処かへ逃げ去ってしまったのではないだろうか?」

 朝早く、クルガ族の戦士たちと共に集落の中央へと集まり、意見を交換し合う。

「いや、この辺りには他に集落などはない。傷ついた体で、ラムウル山脈を越える事も難しいだろう。傷が癒えた後、空腹を満たそうとすれば、真っ先にここを襲うはずだ」

「客人たちに恐れを()した可能性は?」

「ない。とは言いきれないが、恐らくは襲ってくるだろう。ちっぽけな人間にやられたままじゃ、魔物とて収まりがつかないはずだ」

 やはりクルガ族の人間も、再びグリフォンが現れると考えているようだ。

「グリフォンは既に手負いだ。我々の傷も癒えてきた。もう客人の手を借りる必要はないのではないか?」

 若いクルガ族の戦士が、意見を述べる。

 彼は外の人間の手を借りるのが、気に入らないようだ。

 アリカたちの方を見るその顔には、苦々(にがにが)しげな表情が浮かんでいる。

「その通りだ。これ以上、客人に頼る必要はない!」

「自分たちの集落は、自分たちで守るべきだ!」

 若者の周囲にいたクルガ族が、同意の声を上げる。

 やはり、そう簡単には外の人間が信用できないようだ。

「皆、落ち着け。我らの怪我は完治した訳ではない。それに、手強い魔物が相手では、人数が多ければ良いというものでもない。グリフォンの討伐は、このままスタンたちに頼もうじゃないか」

 その彼らに反論したのはルドだった。

 ルドの意見に対し、何人かのクルガ族が同意する。

「グリフォンに深手を負わせたのは彼らだ。下手に出しゃばるのは止して、彼らに任せるのが一番良いのではないか?」

「何を情けない事を! まだ、よそ者に頼るのか! クルガ族の誇りはないのか!!」

 両者の意見は完全に割れ、このままでは収まりがつきそうになかった。

 そんな時、セトナが皆の前へと進み出る。

「皆、外の人間に対して、警戒するのも、力を借りたくないのも分かる。だが彼らは、今まで会った事のあるよその人間とは違う。どうか彼らを信じて、任せて欲しい」

 セトナの真摯(しんし)な訴えに、皆は驚きを隠せない。

 彼女は集落の中でも、よそ者に対して厳しい態度を取る事で有名だった。

 そのセトナが、彼らの事を擁護(ようご)したのだ。

 クルガ族の態度を軟化させるには、充分な衝撃だった。




「ありがとうな、俺たちの事を弁護してくれて」

 集落での話し合いが終わった後、俺とセトナは集落の外れへと移動し、話しをしていた。

「別に、大した事は言っていない。私は自分の思った事を、皆に伝えただけだ」

 俺が礼を言うと、セトナは、頬を赤くし、顔をそむけてしまう。

「それに、お前やアリカたちが、今まで見たよその人間と違うのは事実だ」

 最初こそ変な空気になりかけたが、セトナはアリカたちと良い関係を築けていた。

 アリカの人柄に寄る所も大きいが、今では仲の良い友人のようになっている。

 セトナが顔を向けた先、そこでは、アリカとサラサが、クルガ族の子供たちと遊んでいた。

 物怖(ものお)じしないアリカの態度に、クルガ族の子供たちも、この数日で打ち解けたようだ。

「彼女たちを見ていると、お前が言ったように、外の人間も悪い者ばかりではないのだと思えるな。もっとも、尻尾や耳にさわりたがるのは、勘弁して欲しいのだが」

 視線の先では、アリカたちが尻尾にさわろうとして、子供たちに逃げられている。

 ここ数日、何度もさわろうとしては失敗しているのだ。

 まったく()りないな、あいつらは……。

 その光景に、俺とセトナは笑い合う。

「あいつらは、帰るまでにさわらしてもらう事ができるのかねぇ」

「帰る……そうか、グリフォンを倒したら、お前たちは帰ってしまうのだな……」

 笑っていたセトナが、その言葉を聞き、寂しそうに(つぶや)く。

 そう、俺たちは役目を終えたら帰る事になる。

 それは、セトナとの別れを意味していた。

「なに、会いたくなったら会いに来ればいいさ。ルドの奴は、度々(たびたび)、俺の店に来ているんだ。奴に付いて来ればいいし、何なら、お前がルドの代わりをやっても良いんだぞ?」

「そうだな、そうすれば良いだけの事だな」

 未来(さき)の事を、気軽に話し合う。

 だが、外部との接触を良しとしないクルガ族にとって、それは難しい事だ。

 そんな事は、俺たちには分かっている。

 アリカたちが(たわむ)れる光景を、(まぶ)しそうな目でみつめるセトナ。

「あの子たちが大きくなる頃には、あのように、外の人間とも気軽に接し合えるようになればいいのにな」

「……そうだな」


 それは、理想にすぎない。

 外の人間が持っている偏見(へんけん)や、クルガ族が持っている不信感は、そう簡単になくなるものではないのだ。

 (こと)なる種族が分かり合おうとする時には、多くの苦難や、長い年月が掛かる。

 そう簡単に、分かり合えるものではない。

 だが、理想を持つことは、間違っている事だろうか。

 最初から諦め、否定していては、何も始まらない。

 想いを持ち、行動してこそ、その理想へと辿り着くのである。

 その想いが、セトナには芽生えていた。

 恐らく、アリカたちと遊んでいる子供たちにも。


「その想いを、守ってやらないとな」

 決意を胸に、彼方へと目を向ける。

 そちらから()い寄るのは、薄暗く、全てを覆いつくそうとする、不吉な黒い雲。

 その暗雲と共に、魔物の雄叫びが、こちらへと迫ってきていた。



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