獣の注文 5
グリフォンとの戦闘を終えた俺たちは、クルガ族の集落へと戻る事にした。
あれだけの手傷を負ったグリフォンだ。魔物の回復力が高いとはいえ、暫くは襲ってこないだろう。
もうすぐ日も暮れる。
セトナと連れ立ち、集落へ向け、ゆっくりと歩いて行く。
彼女のその背には、先程助けたクルガ族の少年が眠っていた。
「ぐっすり眠っているな」
「グリフォンに立ち向かうのに、気力を振り絞ったのだろう。この子は良く頑張った」
その背に背負う少年を、慈しむようにセトナが微笑む。
それはまるで、我が子を愛おしむ、母のようだった。
「ん? 私の顔に何かついてるか?」
「ああ、済まない。ずいぶん子供の扱いに、慣れているなと思ってな」
「集落では、子供たちの面倒は一族全員で見る。私も、下の子たちの扱いに慣れているだけだ」
そう言いながら、少年を背負い直そうとするセトナ。
「そうか、じゃあ将来は良い母親になれそうだな」
「なっ!?」
セトナは何かに驚いたようだ。その拍子に、少年を落としそうになってしまう。
「おっと、危ねえな。どうした、急に?」
怪我をさせてはいけないので、すぐに傍へと寄り、少年を支えてやる。
「お前が変な事を言うからだ! それと、顔が近い!」
「せっかく助けてやったのに、酷い言われようだな。まだ尻尾を触った事を、根に持っているのか?」
少年が背負い直されたのを確認し、ゆっくりと彼女から離れる。
「尻尾の事は言うな! よそ者の癖に二度も尻尾に触りおって! よそ者の癖に、よそ者の癖に……」
恨み言のように、ブツブツと呟くセトナ。
これには流石に、苦笑してしまう。
「俺には、一応、スタンって名前があるんだけどな」
「うるさい! お前なんてよそ者で充分だ!!」
「おいおい、あんまり大きな声を出すな。その子が起きるだろ?」
「ううっ、よそ者の癖に……」
少年を起こしてはまずいと思ったのか、不満そうにしながらも、セトナは大人しくなった。
(まったく、何なんだこの男は)
セトナは今まで、外の人間というものを、数える程しか見た事がなかった。
その全ての者が、クルガ族の事を人としてではなく、奴隷として、商品として、扱おうとしていた事を、彼女は覚えている。
セトナの事を見る彼らの目には、欲しかなく、その事に、セトナは激しい嫌悪感を抱いていた。
だが、今、目の前にいる男は違う。
セトナの事を見るその瞳には、蔑みや、嘲りといった、暗い感情は宿っていない。
彼は、ちゃんとクルガ族を人として扱っているのだ。
(確かに、今まで会った、よその人間とは違う。私の事も、この子の事も助けてくれたし、悪い人間ではないのだろう。まぁ、二度も、尻尾に触ってくるような奴ではあるが……)
尻尾に触られた事とて、悪意があって触られた訳ではない。
その事はセトナにも分かっている。
だから、今のは軽い愚痴だ。
しかし、親しい者にしか触らせた事のない部分に、しかも、異性には初めて触れられたのだ。
これくらいの事は考えても、バチは当たらないだろう。
薄暗くなり、星が瞬き始めた空の下、二人はゆっくりと歩いて行く。
二人の間に、会話はない。
しかし、静かで、穏やかな空気が流れている。
(たまには、こういうのも良いもんだ)
スタンは、のんびりと歩きながら、少女の方へと視線を向ける。
彼女も、不快には思っていないようだ。
その表情は、柔らかなものであり、彼女の心情を表すかのように、セトナの尻尾も、ゆったりと揺れ動いていた。
集落の入口へと戻った俺たちは、少年を起こし、自分たちの寝床へと戻ろうとしたのだが、
「……何やら、集落が騒がしい」
「グリフォン……じゃ、ないよな。他に問題でも起きたか?」
集落にいるクルガ族たちが、中心部へと集まり、人だかりを作っている。
俺とセトナは、何が起きているかを確認すべく、中心部へと、足早に近付いて行く。
「おお、スタン。いい時に、戻ってきたな」
人だかりの中にいたルドがこちらに気付き、声を掛けてくる。
「どうした、ルド。何か問題が起きたのか?」
「いや、それがな……」
チラリと、ルドが人の輪の中心部へと視線を向ける。
そこにいたのは、
「うう……何で、私がこんな目に……」
「……申し訳ありません。お嬢様……」
縄で縛られ、地面に転がされている、アリカとサラサだった……。
「お前ら……何やってんだ?」
「え……? あ、スタン! ちょっと助けてよ!!」
「スタン様……見ないでください……」
俺の姿を確認し、ジタバタと踠くアリカと、恥ずかしそうに、身を縮こまらせるサラサ。
本当に何をやっているんだ、こいつらは?
「スタンの知り合いだと言うのは、嘘じゃなかったのか。いやな、集落の周りを見張っていた者たちが、捕まえてきてな。スタンの知り合いだと言うし、どうしたものかと悩んでいたんだよ。いや、本当にお前の知り合いで、助かったよ」
俺の関係者である事が分かったルドは、周りの連中に、心配ない事を告げ、皆を帰らせる。
「だから最初から、そう言ってるじゃないのー!!」
転がりながらも爆発するアリカ。その姿はどう見ても、貴族のお嬢様には見えなかった……。