獣の注文 3
「本当にこっちでいいのかしら?」
スタンから遅れる事一日、アリカとサラサは、ラムウル山脈の麓へと差し掛かっていた。
「行商人や旅人の話しを照らし合わせると、恐らく、この辺りかと」
馬車の手綱を操りつつ、地図を確認するサラサ。
「サラサがそう言うなら、大丈夫だと思うけど……それにしても、お尻が痛くなるわね」
ガタゴトと振動する馬車に揺られ、閉口するアリカ。
「申し訳ありません、お嬢様。もう少し良い馬車が手配できれば良かったのですが……」
「あ、いいのよサラサ。馬車が手に入っただけでも助かったもの! 気にしないで!」
申し訳なさそうにするサラサを、アリカは慌てて慰さめる。
そうこうしているうちにも、馬車はクルガ族の集落を求めて、進んで行くのだが、
「え?」
突然の物音と共に、彼女達を襲う影が現れた。
「ここで家畜を放しているのか」
クルガの集落へと着いた翌日、俺は周辺の見回りに出ていた。
集落の周りには荒野が広がり、生活するには厳しい環境と言わざるを得ない。
だが、クルガ族はこの環境でも、逞しく生きているのである。
「ああ、魔物のせいで、だいぶ数が減ってしまったがな」
そう説明するのは、案内役のセトナ。
本人は嫌がっていたのだが、ルドに説得され、渋々、案内役をやっている。
辺りには、牛や山羊などが放されている他に、クルガの戦士達がいるのが、ちらほらと確認できた。
家畜の警備にあたっているのだろうが、いるのはやはり、子供や年老いた者ばかりだ。
グリフォンには、とても抵抗できまい。
「まぁ、いないよりはマシなのかもしれないが……」
ぼんやりと彼らの事を眺めていて、ふと思う事があった。
「そう言えば、クルガ族の耳や尻尾って、人によって種類が違うんだな」
セトナの耳と尻尾は犬のようだが、山羊の傍にいる少年は、猫のような耳と尻尾をしている。他の所にいるクルガ族も、種類がマチマチだった。
「よそ者は知らないだろうが、我らは元々、別の部族だったのだ。だが、どの部族も迫害を受け、数が減り、最終的には、一つの部族として暮らす事になったのだ」
「へぇ、クルガ族にはそんな歴史があったのか」
そのような話しは聞いた事がなかった。やはり、世間に流れる噂話だけでなく、実際に会って話しを聞いてみないと、分からない事があるものだ。
「そうだ。だから私は、よそ者が嫌いだ。お前たちは未だに我らを捕え、売ろうとしているのだから」
確かに、国が迫害を禁止しているとは言え、クルガ族を狙う者は多い。
クルガ族の見た目から、愛玩動物扱いしようとする、金持ちなどが多いのだ。
「嫌いなよそ者が居て、済まないな。だが、今だけは我慢してくれ。魔物を倒したら、すぐに出ていくからさ」
俺としては、クルガ族に対して何かをするつもりはない。
だが、クルガ族にとっては、俺も、愛玩動物扱いする連中も、同じよそ者なのだ。
彼女の気持ちが、分からなくはない。
そう思って口にした言葉なのだが、セトナは不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「何だ? 何か変な事を言ったか?」
「いや……お前は、他のよそ者と、少し違うのだなと、思ってな」
少し表情を和らげ、彼女は語る。
「今まで会ったよそ者は、高圧的な態度を取ったり、我らを騙そうとする、ずる賢い連中ばかりだった。お前のようなよそ者は、見た事がない」
「そりゃまぁ、わざわざクルガ族の集落に来る連中はなぁ……」
思わず苦笑してしまう。
こんな辺鄙な所に、わざわざクルガ族に会いに来る連中なんて、十中八九、奴隷商人か、何かを企んでいる連中だ。そんな連中とは一緒にされたくないもんだ。
「お前は知らないかもしれないが、外の人間だって、そんな連中ばかりじゃないぞ? 俺みたいな奴は、大勢いるさ」
「……そうなのか?」
セトナが考え込むような顔をする。
恐らく、セトナは集落から、一歩も外に出た事はないのだろう。
クルガ族としては、それが普通の事なのかもしれないが、その分、集落の外に関しての知識が偏ってしまうのは否めない。やはり、実際に、自分の目で見ないと、分からない事が多いのだ。
「クルガ族にとっちゃ難しいかもしれないが、一度、外の世界を見てみるといい。辛い事、厳しい事なんかもあるかもしれないが、その分、楽しい事も、あるかもしれないぜ」
「……そうだな、それもいいのかもしれない」
俺の言葉に、少しは心が動かされたようだ。セトナは、ほんの少しだが微笑んで見せた。
だが、次の瞬間、セトナの耳がピンッと張り詰めたかと思うと、厳しい顔をして、明後日の方向へと顔を向ける。
少し遅れて、俺の耳にも微かにだが、羽ばたきのような音が聞こえる。
「魔物か!」
「向こうだ! 急ぐぞ!」
異変を察知した俺たちは、急ぎ、音のする方へと駆けていった。