獣の注文 2
「スタンがいないですって?」
「はい、お店を確認しましたが、もぬけの殻でした」
スタンがクルガ族の集落へと出発した翌日に、王都から戻ってきたアリカ。
スタンの店を訪ねようと、サラサに様子を確かめさせたのだが、店は開いていないとの事だった。
「どこへ行ったのかしら?」
「町の人の話しでは、ラムウル山脈に向かったそうです」
「ラムウル山脈って、ここから北にある?」
「はい、お嬢様」
サラサの答えに、アリカは考え込む。
「ラムウル山脈って言えば、確かクルガ族の集落があったわよね?」
「はい、恐らくスタン様は、そこへと向かったのかと」
「クルガ族……」
アリカは幼い頃にクルガ族を見た事があった。
クルガ族は確かに閉鎖的な部族だが、全ての者が集落に籠っている訳ではない。
外の世界に興味を持った若者などが、集落を飛び出し、旅をする事もあった。
その様なクルガ族を、ウィルベール商会で見た事があったのだ。
「クルガ族って、あの、動物の耳やフサフサな尻尾が生えている人達よね」
「はい、モフモフの尻尾が生えている人達です」
「あの尻尾、触ったら気持ち良さそうよね」
「そうですね。仲良くなったら、モフモフさせてもらえないでしょうかね?」
「……」
「……」
二人は静かに見詰め合い、
「スタンを追いかけましょう、サラサ。もしかしたら、私たちもクルガ族の人と仲良くなれるかもしれないわ!」
「はい、お嬢様。モフモフさせてくれるよう、頑張りましょう」
こうしてアリカとサラサは、スタンの後を追う準備を始めるのだった。
「いやはや、済まない。この子達にお前の事を教えるのを忘れていたよ」
集落へと案内された俺は、無事にルドと会う事が出来た。
のうのうと言いやがって、この野郎……。
俺が軽く睨むと、ルドは両手を合わせ、謝ってくる。
まぁ少しは悪いと思っているようだし、このくらいにしておくか。
「さて、これで商品は届けた訳だが……酷い有様だな、ここは」
周囲を見渡すと、あちらこちらに壊れたテントや柵などが見える。
そしてその中には、怪我を負い、動けなくなったクルガの戦士達が横たわっていた。
「ああ……お前も来る途中に、見たんだろ? あの魔物を」
「グリフォンか……」
グリフォンは、鷲と獅子が合体したような魔物で、牛よりもひとまわりほど大きい。
大空を自由に舞い、力と知恵にも優れている厄介な魔物だ。
「集落はあの魔物に襲われているのか」
「馬や牛、山羊などの家畜。それに、幼い子供たちを狙っているようだ。守ろうとした戦士たちも、この有様さ」
成程、これで合点がいった。
どうして彼らが弩を求めたのか。それは空を舞うグリフォンに対抗する為。
どうして見張りが子供たちだけだったのか、それは集落の戦士が動けなくなった為だったのだ。
チラリと、ルドの方を見てみる。
彼も平気そうな顔で動いているが、よく見れば、身体のあちこちが傷ついていた。
「だからと言って、子供達に見張りを任せるのは……」
「私達もクルガの戦士だ! 馬鹿にするな、よそ者!!」
突然上がった叫び声が、ルドとの会話を断ち切った。
俺とルドの会話に割って入ったのは、先程助けてやったクルガ族の少女だった。
「落ち着け、セトナ。済まないな、スタン。この娘は外の人間に対して厳しくてな」
セトナと言う少女は、犬のような耳と尻尾を逆立て、怒りを顕わにしている。
「いや、大丈夫だ。よそ者に対する態度なんて、こんなモノだろ?」
「そう言って貰えると助かる。セトナ、お前は先程、スタンに助けてもらったのだろう? 恩を仇で返す気か?」
「うっ……それは、そうだが……」
ルドに諭され、大人しくなるセトナ。尻尾も弱々しく垂れ下がってしまう。
「まぁまぁ、俺は気にしていないから、お前も気にするな。それより、本題に入ろうぜ」
「本題……?」
俺の言葉に、セトナは訝しげな顔をするが、ルドの方は分かっているようだ。
「わざわざ俺に荷物を運ばせたんだ。届けて、お終いって訳じゃないんだろ?」
「……ああ」
こちらへと向き直ると、ルドは静かに、その目的を告げる。
「頼む。あの魔物を倒してくれないか」
「ルド!? 何を言っているんだ! よそ者に頼る気か!」
「もう、俺たちではどうにもできないからな……頼む、スタン」
セトナの言葉にも動じず、ルドは真摯に頼んでくる。
先程、セトナが言ったように、外の人間に頼むのは、クルガ族にとって、恥ずべき事だろう。
部族内で反発があっても、おかしくはない。
だが、ルドはその反発を押し切ってまで、俺に頼んでいるのだろう。
その決意が、ひしひしと感じられる。
「俺は、あくまで鍛冶屋なんだがなぁ……」
「並みの冒険者より、腕が立つ癖に、良く言うな」
頭を掻きながらボヤく俺に、苦笑いを浮かべるルド。
「なら、こうしよう。魔物から採れる素材で武器を作って欲しい。それなら、鍛冶屋の仕事にもなるだろう?」
とってつけたような理由だが、まぁ、一応、俺がグリフォンを倒す理由にはなるか。
グリフォンから採れる素材には興味があるし、何より、この状況を放って帰るのは、流石に寝覚めが悪いしな。
「分かった分かった。ただし、武器代は、吹っ掛けるからな」
ただし、これくらいの我儘はいいだろう。
まだ、納得していないようなセトナをよそに、俺はこの依頼を受ける事に決めたのだった。