獣の注文
俺の名前は、スタン・ラグウェイ。
王国の田舎町で、鍛冶屋を営んでいるのだが、いつの間にか、冒険者やら、騎士やら、魔術師などの肩書きまで付き始めた。
しかも、裏社会でも変な呼び名が付いてるらしいから、たまったものじゃない。顔はバレていないようだし、問題はないとは思うが……。
そう言えば、王国の依頼でオークションを壊滅させたのは良いのだが、あの時、ヘイロンの奴は捕まらなかったらしい。結構、弱っていたはずなのに、しぶとい奴だ。
できれば二度と会いたくはないのだが、恐らく、そうもいかないのだろう。
借りを返すと言っていたしな。まぁ、その時の事は、その時に考えるしかない。
さて、無駄話はこれくらいにして、そろそろ営業を開始しますか。
ある日の昼下がり、俺はのんびりと店の整理をしていた。
アリカ達が来ては、毎回騒がしくなるこの店だが、最近はそんな事はない。
彼女達は、魔術協会に用があるとやらで、今、王都へと出かけている。
だから俺は、平穏な今のうちに店の整理や、鍛冶の仕事に精を出していたのだ。
そんな時、一人の男が店へと訪れる。
「よお、スタン。久しぶりだな」
頭にターバンを巻き付け、防寒用のマントを身に着けたその男は、こちらに親しげに話し掛けてくる。
「ルドか、何か入り用になったのか?」
男の名はルドと言い、たまに店を利用する顔馴染みだ。
「ああ、矢を何束かと、あとは……弩なんかは置いてあるか?」
「弩? お前達が使うのか? 珍しいな」
ルドは、町の北方にあるラムウル山脈に集落を作っている、クルガ族と呼ばれる山岳民族の戦士だ。
彼は、度々、部族を代表して、武器の調達に訪れるのだが、今まで弩は一度も頼まれた事はない。
そもそも、彼らは弓は使うが弩は使わなかったはずだ。
「俺達にも事情があってな。弩はいくつくらい用意できる?」
「ウチはあまり飛び道具は扱っていないからなぁ……すぐ用意できるのは五つだな」
「五つか、少ないな……だが、無いよりはマシだな。じゃあそれも頼む」
「毎度あり。……なぁ、何だか余裕が無いようだが、何かあったのか? まさか、奴隷狩りでも来たのか?」
クルガ族は、ある特徴を持つ珍しい少数民族であり、昔から迫害や奴隷狩りなどに遭う事が多かった。
幸い、今の王国は彼らへ迫害を禁止し、奴隷制度も廃止しているのだが、一部の商人や貴族などは、秘密裏に彼らを捕え、奴隷とする事があるのだ。
「いや、それに関しては大丈夫だ。よそ者には目を光らせているし、子供たちにも、集落からは離れないように言ってあるしな。心配してくれて感謝するよ」
「大事なお得意様だからな」
苦笑するルド。
ルドが大丈夫だと言っているのであれば、よそ者がこれ以上詮索する事はない。
クルガ族の内部の問題かもしれないからな。
「それで、商品はいつも通り、お前の馬車に乗せておけばいいのか?」
「そうだな……いや、待ってくれ」
商品を纏めようとした俺に、ルドからストップがかかる。
「今回は、スタンが届けてくれないか?」
「何だって?」
ルドの言葉は意外だった。
クルガ族はその長い迫害の歴史から、よそ者を集落へと近付けたがらない。
確かに俺はルドと顔馴染みだが、彼らの集落へと近付いた事はないのである。
「頼むよ。ついでに手斧や山刀なんかも買って行くからさ」
「買ってくれるのは嬉しいが……本当にいいのか?」
「ああ、頼む」
そう頼むルドの眼には、何かの決意が映っていた。
数日後、商品を馬車へと積んだ俺は、ラムウル山脈の麓へと到達していた。
途中までは街道が整備されていて良かったのだが、山脈が近付くにつれ、周囲の景色は閑散とし、道も険しくなってきていた。
おかげで、馬車での移動は難航してしまっている。
ルドの奴は毎回こんな道を移動しているのかと思うと、つくづく感心してしまう。
「さて、集落はこの辺りだって聞いたんだが……」
地図を眺めつつ、山間を進む。
周囲には岩石がゴロゴロと転がっているだけで、集落のようなものは見えない。
「道を間違えたかな?」
馬車を止め、地図を睨みつける。こんな所での野宿はゴメンだな。
時刻は既に昼を過ぎている。昨晩キャンプした場所に戻るなら、今から引き返さなければ間に合わない。
(ここで無理をする必要はない。安全の為にも、引き返すか?)
どうすべきか検討していると、周囲に、こちらを窺うような気配を感じた。
(野盗か、それとも……)
気配の正体を考えていると、
「動くな!」
岩陰からいくつもの人影が飛び出し、馬車を包囲したのだった。
岩陰から飛び出し、こちらを囲んでいるのは、五人のクルガ族だった。彼らの格好は特徴的だ。一目見ればすぐに分かる。
だが、囲んでいるクルガ族を眺めてみると、一つおかしな点があった。
女子供ばかりなのだ。
確かにクルガ族は、幼い頃から部族の戦士としての教育をすると聞いた事がある。
だが、歳を取った者が一人もいないのは、やはりおかしな話だ。
「何者だ! この先に何の用がある!」
一番年上であろう少女が詰問してくる。恐らく、この集団のリーダーなのだろう。
「俺はルドの奴に頼まれて、商品を届けに来たんだが……聞いてないか?」
クルガ族の連中は、確認を取るようにお互いに顔を向けるが、どうやら誰も知らないらしい。ルドの奴は何をやっているんだか……。
「嘘をついて集落に入ろうなんて、怪しい奴だ! そんな奴を集落に入れる訳にはいかない! 大人しく、来た道を帰れ!」
弓弦を引き絞り、威嚇の声をあげる少女。
「こっちは代金を貰ってるんだし、帰る訳にはいかないよなぁ……まったく……」
「何のつもりだ!」
馬車を降りた俺の足元に、勢い良く矢が突き刺さる。警告のつもりなのだろう。
「ルドの奴に確認を取ってもらいたいんだが……する気はないよな?」
「よそ者の言う事を聞く気はない! 帰らなければ、次は本当に当てるぞ!」
「じゃあ、仕方がない」
その言葉と同時に、俺は一番近くにいたクルガ族へと一気に駆け出す。
「ひぃ!?」
まだ幼いと言ってもいいそのクルガ族は、俺の突進に驚いたのであろう、ろくな反撃をしようともせずに怯えてしまっていた。
その子に近づき、手にした弓を叩き折る。
「トマス!?」
慌てた他のクルガ族は、仲間を助けようと慌てて動き出すが、
(矢を放つなバカ!? 仲間に当たるだろうが!)
トマスと呼ばれた子供を抱え、すぐにその場から離れる。
咄嗟の判断といい、やはり、この子達は実戦には慣れていないようだ。
「トマスを返せ!」
「お前らが、矢を放ったせいだろうが!!」
クルガ族の理不尽な叫びに、思わず叫び返してしまった。
トマスを手近な岩陰へと放り投げ、駆けよって来たクルガ族の一人を投げ飛ばす。
(残りは三人!)
他も無力化しようとしたその時、遥か上空から、けたたましい鳴き声が響いた。
クルガ族も鳴き声に驚き、上空へと視線を向ける。
そこにいたのは、
「グリフォン!?」
鷲の頭と、獅子体を持つ、恐るべき空の魔物だった。
「皆、逃げろ!」
仲間を逃がすべく、クルガ族の少女がグリフォンへと矢を放つ。
矢は勢いよく空へと飛んで行ったのだったが、魔物は素早く宙で身を翻し、あっさりと躱してしまう。
少女は続けて二度、三度と矢を放つが、グリフォンには当たらない。
「しまった! 矢が!?」
そして少女の矢が尽きた時、魔物は獲物を喰らうべく、急降下を開始する。
「クソッ!」
俺は少女へと駆け出しつつ、脚に括り付けていたナイフをグリフォンへと放つ。
グリフォンは身をよじってナイフを躱すと、再度、少女へと突進する。
少女が魔物の爪で引き裂かれそうになる寸前、俺は彼女を抱えて、横へと飛ぶ。
と、同時に腰の短剣を抜き放ち、魔物の鼻っ面を斬りつける。
ギィアアアアアアアァ!!!?
グリフォンは反撃に驚いたのか、大きな叫び声を上げると、翼を翻し、大空へと消えて行った。
「何とか助かったようだな」
「おい! どこを触っている!」
危機が去った事に安堵していたら、間近から、詰問する声が上がった。
「おっと、すまない。悪気はないんだ」
どうやら助けた時に、触れてはいけないところに触れてしまったようだ。
少女に謝罪しながら、その身を離す。
少女も恥ずかしそうにしながら立ち上がり、
「助けて貰ったし、わざとじゃないのは分かっている。だから……尻尾に触ったのは不問にしてやる」
そう、クルガ族の大きな特徴。それは半人半獣である事。
つまり彼らは、獣の耳と尻尾を生やした、希少な種族なのだ。