冒険者の注文 8
二人の間で炸裂した暴風は、その猛威を振るい、あらゆるものを吹き飛ばした。
それは、使用者とて例外ではない。
至近距離で風弾を炸裂させたスタンは、暴風の直撃を受け、凄まじい勢いで、吹き飛ばされていた。
「少し……やりすぎたかな」
壁へと、もたれかかり、身体の状態を確認する。
飛ばされた際に、あちこちを強く打ち付け、至る所が悲鳴を上げているが、何とか動かせそうだった。
「さて……これで、あいつを倒せてれば良いんだが……」
立ち上がり、ヘイロンが飛ばされた方へと視線を向ける。
あの距離で発動させたのだ。死んではいないと思うが、ただで済むとも思えない。
すると、ヨロヨロと立ち上がる影が視界に入った。
「しぶとい野郎だな」
「……お互い様ではありませんか?」
強がるヘイロン。だが、その表情には、今までのような余裕はない。
密着した状態で魔術を放たれたのだ。流石にダメージは大きい様だった。
「まったく、魔術まで使えるとは、恐れ入りますよ」
「お前とて、妙な術や氣を使ったんだ。お互い様だろ?」
ヘイロンは苦笑を浮かべると、ノロノロと歩きだす。
「まだ、やる気か?」
「ええ、もちろん……と、言いたいところですが、どうやら時間切れのようです」
遠くから、駆けつける足音が聞こえる。ガルネルの確保を終えた、アリカ達が戻ってきたようだ。
「この借りは、いずれ返させて貰いますよ」
そう言い残し、ヘイロンは、通路の奥へと立ち去っていった。
「スタン、無事!?」
駆けつけたアリカは、周囲の惨状を見て、思わず呻いてしまう。
足元には、いくつもの武器が転がっており、壁や床には、無数の傷がついているのだ。
とても、二人の人間が、やったものとは思えなかった。
「おう、アリカか。そっちは無事に終わったのか?」
壁に寄りかかり、座っていたスタンを発見する。
「スタン! 無事だった……って、ボロボロじゃない!? 大丈夫なの!?」
「ああ、見た目よりは、酷くないさ。少し休めば、すぐ治るさ」
「スタン様、今、手当しますので、動かないで下さい」
アリカに付き従っていたサラサが、何処からともなく、緊急治療セットを取り出し、手当を始める。
「ありがとうな、サラサ。……いつも持ち歩いているのか、それ?」
「ウィルベール家のメイドとして、当然です」
それは当然の事だろうか? と、疑問に思ったが、大人しくサラサに手当されておく。
「また、無茶をしたんでしょ……」
手当を受けるスタンを痛々しそうに見詰めるアリカ。
「そうでもないさ。この程度の怪我なら、何回もしてきたしな」
心配させまいと、明るく言い放つ。
実際、暗黒龍に挑んでいた時は、これより酷い怪我など、何度も経験した。
あの時に比べれば、今回は、マシな方だ。
だが、言葉を聞いたアリカは、泣きそうな顔をしていた。
「もう、あんまり心配させなでよね」
「……悪かったな」
アリカの心配そうな顔を見ると、きまりが悪くなる。
手当をしていて、見えないが、恐らくサラサも、同じような顔をしているだろう。
サラサが、巻いてくれる包帯からは、その想いが伝わってきた。
ある程度の手当てを済ませた俺達は、カジノの入口で、ウルシュナ達と合流した。
「酷い格好だな」
合流したウルシュナは、開口一番、そんな事を言ってくる。
「まあな。お前さんは、なかなか良い格好をしているみたいだけど?」
「う、うるさい! 見るな!!」
ウルシュナは、大きな怪我はしていなかったが、激しい戦闘によって、衣服のあちこちが裂けており、ただでさえ多い、肌の露出が増えているのだった。
「むー……」
「……ウルシュナ様、これを」
アリカとサラサは、こちらを半眼で睨んだ後、ウルシュナにマントを与え、その身を隠させる。
「ありがとう、サラサ殿」
マントを羽織った事で、ウルシュナは落ち着いたようだ。
コホンッと、気を取り直すように、咳払いをする。
「それで? ガルネルは捕まえたのか?」
「ああ、アリカ殿と、サラサ殿が頑張ってくれたからな」
「私たちが捕まえたのよ! 他の冒険者が、悔しそうにしていたのは、良い気味だったわ!!」
馬鹿にされていたのが、よほど悔しかったのだろう。そう言って、アリカは胸を張る。サラサも、心なしか、嬉しそうな顔をしていた。
「ああ、二人とも、よく頑張ったな」
嬉しそうにしていた二人の頭を、ワシャワシャと撫でてやる。
「ちょっと!? いきなり何するのよ!? びっくりするじゃない!」
「……」
せっかく撫でてやったのに、アリカは、即座に逃げてしまった。
ちなみに、サラサの方は、素直に撫でられ、幸せそうな顔をしている。
「何だよ、せっかく褒めてやったのに」
「い、いきなりするから、びっくりしちゃったのよ! 急に頭を撫でるなんて……」
「……ああ、そうか。サラサは、いつも撫でてやってたから、つい、お前も撫でちまったな」
最初に撫でて以来、仕事を手伝って貰った時などに、サラサを撫でてやる癖が付いてしまった。
本人も、喜んでいるようだったので、ついつい、そのままにしていたのだが、今回は、アリカまで撫でてしまった。
「悪かったな」
「べ、別に悪くはないんだけど……いきなり撫でるから、驚いただけで……それより! サラサは、いつも撫でてるって、どういう事!?」
「どういう事って、言われてもなぁ……」
別に、大した理由はないのだが、アリカには気に入らないらしい。
サラサの頭を撫でつつ、騒がしくなったアリカを宥める。
疲れているから、もう宿で休みたいんだがなぁ……。
そんな風に考えていると、
「どうでもいいが、後処理なんかが残っているんだ。邪魔だから、とっとと帰ってくれないか?」
ウルシュナの、呆れたような声が聞こえてくるのであった。
~冒険者の注文・了~