冒険者の注文 5
声に応じて振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
東域の、道服と呼ばれる、袖の長い服を着た男だ。
「おや、もしかして、スタン・ラグウェイ殿ではありませんか? このような場所で会うとは奇遇ですなぁ」
こちらの顔を確認した男が、にこやかに話しかけてくる。
「ヘイロンか……」
「知り合いなの?」
「ああ……出来れば、二度と会いたくなかった奴だな」
アリカの質問に、苦々しい顔で答える。
「これはこれは、酷いですねぇ」
俺の言葉に文句を言ってくるヘイロンだが、その顔は笑っていた。
こちらの言葉など、意に介していないのだろう。
「どういう方なのですか?」
「私ですか? 私は、スタン殿と同じ武器商人ですよ」
サラサの問いに、ヘイロンは自ら答える。
「俺は、あくまで鍛冶屋だ。お前とは違う」
この男、ヘイロンは東域出身の武器商人だ。俺とは違い、自ら武器を作る事はせず、武器を調達しては売り捌いている。
あらゆる武器を、どのような場所からでも、どんな方法を使っても、調達してくる、腕利きの商人として、一部では有名だった。
「私も、スタン殿も同じじゃないですか。客の望む物を用意し、売り与える」
「俺は、他人の持ち物を奪ってまで、客の要望に応える気はない」
そう、この男は、必要とあらば、他人の物すら奪い取る。
「誤解ですよ、スタン殿。最初から奪うつもりではないのですよ? こちらの買取り交渉に応じて貰えない時に、やむを得ず、そうするだけですので」
笑いながら、そう告げるヘイロン。
「どうやら、ろくな人じゃなさそうね」
「ですね」
アリカが、そう判断し、サラサもそれに同意する。
当のヘイロンは、それを聞いても愉快そうに笑っているだけだった。
「それで、ヘイロン。何故お前がここにいる?」
「商人がいる理由など、一つしかないでしょう?」
人を小馬鹿にする様な話し方をするヘイロン。
相変わらず、癇に障る喋り方だ。
「ガルネルに武器を売ったのか」
「はい。ガルネル様は気前の良い御方で、いい商売ができましたよ」
「そうかい……」
楽しげに語るヘイロンを、忌々しげに睨みつける。
「スタン、こんな所で時間を取っている暇はないわ。そろそろ会場に……キャッ!?」
アリカの言葉と同時に、建物全体が振動し、あちこちから、悲鳴や叫び声が上がり始める。
「どうやら、ウルシュナが始めたらしいな」
「おやおや、スタン殿? まさか、このオークションを台無しにしようと?」
「依頼なんでね。いけないか?」
俺が答えると、ヘイロンは、大袈裟な仕草で、頭を抱える。
「いけません、いけませんねぇ……このオークションを台無しにされる訳には参りません」
「いけなかったら、どうするんだ?」
「こうします」
刹那、ヘイロンの袖から飛び出したモノが、こちらへと迫りくる。
「ちぃっ!」
懐に隠していたナイフを即座に抜き放ち、飛来するモノを弾き飛ばす。
弾き飛ばされた凶器は、ジャラジャラと音を立てて、ヘイロンの下へと戻っていった。
「……鎖か?」
「ええ、東域の武器の一種ですよ」
先端に分銅が付いた鎖は、ヘイロンの袖の中へと綺麗に納まっていく。
この男は危険だ。
実力もそうだが、何より怖いのは、何をしてくるか分からないところだ。
勝つ為には手段を選ばない。
「アリカ、サラサを連れて、ウルシュナたちの所へ行け」
「え? でも……」
「こいつの相手は俺がする。サラサ、アリカの護衛は任せたぞ」
「……承知しました。お嬢様、行きましょう」
サラサが、アリカの手を引き、促す。
「……分かったわ。気をつけなさいよ、スタン」
「お前たちこそな」
軽く言葉を交わし、アリカ達は、この場から離れていく。
向こうも危険だとは思うが、こっちよりは安全だろう。
「よろしかったのですか? お仲間と一緒に戦わなくても」
「冗談言うな。お前なんざ、俺一人で充分だ」
「そうですか、お優しい方ですねぇ」
クツクツと笑うヘイロン。
やっぱり、俺よりもアリカ達を狙う気だったか。
「このゲス野郎が」
「いやいや、相手の弱い所を狙うのは、兵法の基本ですよ」
「そうかよ」
アリカたちの心配はなくなった。これで、ヘイロンへと集中できる。
奴を見据え、ナイフを構える。
「さて……始めるとしようか」