冒険者の注文 4
「スタン様、準備はよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぜ」
部屋の外から掛けられた声に応じ、扉を開ける。
「へ~、なかなか似合うじゃない」
「素敵です、スタン様」
中へと入ってきたアリカ達は、俺の姿を見て、それぞれ感想を漏らす。
俺は今、サラサが用意したフォーマルなスーツを着用していた。
オークションに参加する為には、それなりの格好をしなければならない。
そこで、サラサがウィルベール商会を通して、この服を用意してくれたのである。
「うんうん、その恰好なら大丈夫だわ。マフィアの若頭みたいよ」
「……それは褒めているつもりか?」
アリカも、いつもの魔術師のローブではなく、シックなドレスに身を包んでいる。
その姿は、とても新鮮で、
「まるで、お嬢様みたいだな」
「まるで、じゃなくて正真正銘のお嬢様なのよ!」
中身はお嬢様らしくはないがな。
そんな俺達を眺めているサラサは、普段通りのメイド服だ。
俺たちの付き人としてカジノに入るなら、その恰好でも問題はないだろう。
「さて、それじゃあ行くとしますか」
オークションが開催されるカジノは、ロドルの街にある中でも、一、二を争う大きなカジノだった。
入口を眺めてみると、裕福そうな格好をした人間が、続々と入って行く。
「あれ全部が、オークションへの参加者なのかしら?」
「多分そうだろう。入口で、招待状のチェックもしているしな」
カジノの入口には、黒服の警備員たちがおり、入場をチェックしているようだ。
昨日、宿屋で見た冒険者達も、何人か混ざっているのだろうか?
「それにしても……警備の数が多いんじゃない? もしかして、私たちの事がバレてるのかしら」
「まぁ、行けば分かるさ」
不安そうにしているアリカとサラサを連れ、カジノの入口へと歩き出す。
「招待状をお見せいただけますか?」
「これでいいか?」
俺達に近付いてきた黒服に、招待状を渡す。
サラサが何処から手に入れたかは知らないが、問題はないはずだ。
「……はい、結構です。どうぞ、お通り下さい」
招待状を確認した黒服は頷き、こちらへと返却してくる。
「ありがとよ。ところで、警備がやけに厳重なようだが、何かあったのか?」
「念のための警備ですよ。お客様は人間災害の噂はご存知ですか?」
「人間災害?」
何の事だろう? 聞いた事がないな。
「はい。以前、別のオークションが潰された時の話なのですが……」
この黒服は、どうやらお喋りのようだ、ベラベラと話し始める。
「まぁ、オークションなんていくつも開かれておりますし、襲われたり、摘発されたりする事も多々あるのですが、以前潰された所では奇妙な噂が流れておりまして」
「その噂ってのは?」
「はい。何でも、たった一人の人間の仕業だとか」
それは、俺にとっては奇妙な事でもなんでもないのだが、昨日のウルシュナの態度からしても、俺の感覚の方がおかしいのだと言う事は、流石に気付いていた。
「普通の人間に、そんな真似が出来るはずがありません。ですが、その事件をどう調べてみても、襲撃者が一人だったという事しか分からなかったのです」
恐らく、以前、俺が潰したオークションの事なのだろう。こんな所でも噂になっているとは……。
「本当に、一人の人間がやったとしたら、そいつはもう、人間と言うより災害だ。という話しが出まして、この襲撃者の事を人間災害と呼ぶことになったんですよ」
「……」
「それで、その話を聞いたオーナーが、念には念を入れようと、警備を増やしたのですよ。まぁ、たった一人でオークションが潰せるはずがないので、ただの噂だと思いますが」
「そうかい、ありがとよ……」
黒服へ礼を言い、カジノの中へと入る事にする。
知らない所で、そんな名前をつけられているとは思わなかった。気が滅入る話しだ……。
「私たちの事がバレてないから良かったけど、噂のせいで、警備が増えるなんて、はた迷惑な話しよね」
「……そうだな」
アリカの言葉で、さらに重くなる足を引きずり、俺はカジノの中へと入って行くのだった。
「何だか、目がチカチカするわねー……」
「……凄いですね」
カジノの中は、煌びやかな光りで包まれており、至る所で硬貨の弾ける音がする。
スロットにルーレットにカードゲーム、数多くの遊戯があり、その前で、客達は悲喜こもごもの声を上げていた。
「ね、ね、アレ面白そうよ! 少しやっていきましょうよ!」
「俺達は遊びに来た訳じゃないんだぞ。我慢しろ」
「え~……」
はしゃぐアリカをたしなめ、静かにさせる。この娘は状況を分かっているのだろうか?
少しはサラサを見習って落ち着いて欲しいものだ。
「……残念です」
……どうやら、そう見えないだけで、サラサも浮かれているらしい。頭が痛くなってきそうだ。
気分を変える為にドリンクでも飲もうかと、通りかかった給仕に声を掛ける。
「すまないが、ドリンクを貰えないか」
「かしこまりました、お客さ……」
振り向いた給仕の顔を見て、驚いてしまう。
何故ならそれは、俺達と同じく、カジノへと潜入していたウルシュナだったからだ。
向こうも驚いたようだ。言葉の途中で、止まってしまっていた。
「……どうぞ」
「……どうも」
我を取り戻したウルシュナは、恥ずかしそうにしながらも、俺にドリンクを渡してくる。
それはそうだろう、彼女は今、給仕係の服を着ている。
カジノの給仕、つまりはバニーガールだ。
身体を縮こまらせ、空いた手で必死に体を隠そうとする。
「あー……よく似合ってるんじゃない、か?」
「うるさい、黙れ、見るな、殺すぞ!?」
段々と語気が荒くなり、最後は半泣きになりながら、文句を言ってくるウルシュナ。
一応、気を使って褒めたつもりなんだがな……。
これ以上、ウルシュナの近くにいるのも可哀想なので、場所を移動する事にしよう。
アリカたちの視線も、何故か怖いしな……。
ウルシュナと別れ、オークションの会場へと移動しようと思ったのだが、どうやら道に迷ってしまったらしい。俺達は、人通りのない廊下を歩いていた。
「人が誰もいないんだけど……もしかして迷った?」
「そうみだいたな」
そろそろオークションが始まる時間だ。できれば、それまでに会場に辿り着きたいのだが。
「来た道を戻るしかないか」
「そうね、それが一番早いかもね」
そう決断し、引き返そうとしたのだが、
「おや? そこに居るのはどなたですかな?」
突然掛かった声に、呼び止められた。