冒険者の注文 3
約束通り、サラサは夕飯前には宿へと戻ってきた。
部屋で休んでいたはずのアリカなのだが、疲れが取れているようには見えない。
サラサの心配のしすぎで、逆に疲れが増したようだった。
そんなに心配だったのなら、一緒に行けば良かっただろうに……。
何事もなく帰ってきたサラサとアリカを連れ、夕食をとる為に食堂へと移動する。
この建物は元々、貴族の別荘として使われていたらしい。
古くなり、売り払われていたのを、今の持ち主が買い取り、宿屋にしたという話しだそうだ。
しかし、政府が貸切にしているところを見ると、宿屋の主が政府と繋がりがあるのか、それとも、政府が活動拠点の一つとして宿屋を経営しているのか、微妙なところである。
一階の食堂には、俺たちの他にも何名かの人間が食事をとっていた。身なりからして、同じ依頼を受けた冒険者達だろう。
こちらに、値踏みをするような視線を向けてきていたが、構わずに食事を取る事にする。
目の前にあるのは、海鮮類がふんだんに使われている粥とサラダ。それに、チーズのかかったジャガイモ料理。この地域の名物料理だそうだ。
それらの料理に舌鼓を打ちつつ、腹を満たしていく。
「ふわ~、美味しいわねコレ」
アリカも、疲れを忘れたように、料理をかきこんでゆく。
もう少し落ち着いて食べて欲しいというか、コイツお嬢様じゃなかったか? という考えが浮かんだが、まぁアリカだから仕方ないか、という結論で納得した。
料理を平らげ、食後のお茶を楽しんでいると、
「おいおい、今日来た田舎者ってのはコイツの事か?」
食堂の入口から、数人の冒険者がこちらへと近付いてくる。
「ハッ! しかもお嬢ちゃんとメイド連れで……何でメイドが?」
俺たちに難癖でもつけに来たのだろうか?
サラサの姿に戸惑っている様は、滑稽にしか見えないのだが。まぁ、気持ちは分からないでもない。俺も最初は戸惑ったしな。
「と、とにかく、今更ノコノコとやって来た田舎者には出番なんかねえよ。さっさと田舎に帰りな!」
「そうそう、しかも子供連れときてやがる。観光にでも来たつもりか?」
「弱い奴に足を引っ張られるのは、ゴメンなんだよ! 痛い目見たくなかったら、大人しく帰るんだな」
冒険者というよりは、そこらのチンピラにしか見えない連中だった。
一括りに冒険者と言っても、色々な連中がいるのだ。こういう手合いも少なくはない。
「あんたたちねぇ! 黙って聞いてれば好き放題言ってくれるじゃない!!」
「落ち着け、アリカ」
「何でよスタン! こんな連中、ギャフンと言わせないと!」
「相手にするだけ、面倒だ。サラサも、相手にする必要はない」
剣呑な雰囲気になったサラサを抑えつつ、アリカを席へと座らせる。
「へっ、何でぇ腰抜けが」
「忠告はしてやったからな。さっさとおウチに帰りな」
言いたい事だけ言って気が済んだのか、奴らはさっさと引き上げて行く。
「むー……」
「ふくれるなよアリカ。ああいう連中には、言いたいだけ言わせておけばいいんだよ」
「だけど、悔しいじゃない!」
「そうです、スタン様。あの連中はスタン様を侮辱したのです。スタン様が止めさえしなければ、今頃は……」
サラサの瞳が、怪しく光る。
俺が止めなければ、どうするつもりだったのだろう?
流石に聞くのは躊躇われたので、未だに文句を言っている二人を、落ち着かせる事に専念するとしよう……。
食堂での騒動を終えた後、二階へと移動し、奥の部屋を目指す。
二人を落ち着かせるのには苦労したが、何とか機嫌が直ったようだ。大人しく、後ろをついてくる。
目的の部屋の前には男が一人立っており、こちらの顔を確認してきた。恐らく、宿か政府の関係者なのだろう。
「……どうぞ」
男にうながされ、部屋の中へと入る。
中にはすでに冒険者たちが集まっており、その数は二十名程。それぞれが思い思いの姿で寛いでおり、中にはビリヤードに興じている者もいる。どうやら、この部屋は遊戯室のようだ。
俺達が部屋へと入ると、食堂の時と同じような視線を感じる。
この辺りでは見かけない新参者がいるのだ。興味を持つのは当然だとも言える。
中には嘲笑っている者などもいたが、先程、食堂で絡んできた連中だろう。
怒り出しそうになったアリカとサラサを抑え、部屋の中へと移動する。
「何だか嫌な感じね」
「よそ者に対する態度なんてこんなもんさ。まぁ気にするな」
「でも……」
「いいから、少し落ち着け」
そうしてアリカたちをなだめているちに、部屋の扉が開き、身なりの良い連中が中へと入ってくる。
依頼を出した王国政府の人間だろう。その中に、見覚えのある人間を見つけた。
「ウルシュナ?」
「え? あ、ホントだ。ウルシュナさんだ」
そう、入ってきた集団の中には、以前、アルナスと共に店を訪れた、ウルシュナの姿があった。
ウルシュナも、こちらの姿に気が付いたようだ。
「スタン・ラグウェイ、それにアリカ殿も。久しぶりだな、どうしてここに?」
と、挨拶を交わす。
「俺達も依頼を受けてきたんだよ……どうした? 不思議そうな顔をして?」
「いや……確か、あの町には依頼書を出してはいないはずなんだが……まぁいい、歓迎するさ」
マスターは本当に、あの依頼書を何処から入手してきたんだ?
考えれば考える程、謎が深まるばかりだ。
ウルシュナにサラサの事も紹介し、挨拶を済ませる。
そして、ウルシュナは部屋の中央へと移動し、
「さて、依頼の最終確認を始めようか」
皆の注目を集め、話しを始めた。
「今回の目標は、オークションの主催者、ガルネルの捕縛だ。こいつは、国内でも有数の商人であり、今回の開催場所であるカジノの経営者でもある」
冒険者たちの前で、ウルシュナが説明を始める。
「開催されるのは、明日の夜。オークションは夜通し行われるそうだ」
今回の依頼者は王国政府。その中でも、情報収集などを専門とする部署が、冒険者へと依頼を出したらしい。ウルシュナはその部署に所属しているそうだ。
「何で、王国の兵士を動かさないんだ?」
「ガルネルは、王国政府の貴族たちにも太いパイプがあってな。何処から情報が漏れるか分からなかった。だから今回は冒険者たちに依頼したのだ」
成程、ガルネルとやらは貴族に金でも渡しているらしい。まぁ大手の商人には良くある事だな。
「冒険者の諸君には、潜入、もしくは建物周辺で待機してもらい、こちらの合図と同時にガルネルの確保に向かって欲しい」
「正面突破じゃダメなのか?」
俺の質問に、辺りから嘲笑が飛ぶ。
「それが出来れば一番だが、現状の戦力では難しいな」
ウルシュナも、苦笑しながら否定する。
以前、オークションを潰した時は一人でやったんだがな。
「そこで、できるだけ多くの人間に建物内部へと潜入して貰いたいのだが、この中で潜入可能の者は何人いる?」
「俺達はカジノの警備役として、既に潜入する手はずを取ってある」
「こちらは給仕係の買収に成功している。問題はない」
ウルシュナの問いに、冒険者たちから次々と声が上がった。
やはり、下調べをしていただけの事はある。どの冒険者も何らかの手段を確保しているようだ。
どうやら潜入できなさそうなのは、
「俺達だけか?」
正面から行って、潰せば終わりだと思っていたから、そんな手段はまったく考えていなかった。
「これだから田舎者は」
「大人しく留守番でもしてな!」
周囲の冒険者から、嘲りの声が聞こえてくる。
アリカが怒り出しそうになったが、視線を向け、抑えさせる。
「仕方ないな。スタン・ラグウェイたちにはカジノの外で待機して貰い、こちらの兵と共に、逃亡者の阻止を……」
「その必要はありません」
ウルシュナの言葉を断ち切り、サラサが声をあげる。
「これをどうぞ」
「これは?」
そして彼女は、何処からともなく取り出した封筒を、俺へと差し出してくる。
「今回のオークションの招待状です。先程出かけた時に、手に入れて来ました」
その言葉に、部屋にいた全員が唖然とする。
闇オークションの招待状など、そう簡単に手に入れられるはずがないのだ。
「どうやってこれを?」
「エバンスさんから、お嬢様とスタン様のお役に立つように言われておりますので」
涼しい顔で言ってくるサラサ。
どうやらウィルベール商会の力を使ったらしい。裏社会にまで影響力があるとは、意外と恐ろしいな……。
「う、うむ。これなら全員、カジノの中に入れそうだな……」
ウルシュナも驚きから立ち直りつつ、説明を再開する。
招待状が手に入るとは意外だったが、これで俺達も、問題なく潜入する事ができそうだ。