冒険者の注文
日も沈み、あたりが星の輝きで照らされ始める中、店の営業が終わった俺は、仕事終わりの一杯でも飲もうかと思い、いつもの酒場へと顔を出す。
「マスター、一杯頼むよ」
何故か今日も、マーシャの代わりに店番をしていたマスターへと注文を頼む。
慣れた手つきで酒をシェイクし、グラスへと注いでゆく。相変わらずダンディな人だ。
完成した色鮮やかなカクテルが、目の前のカウンターへと運ばれてくる。
「ん?」
グラスを取り、さっそく味わおうとしたのだが、グラスの下に、折り畳まれた紙片が置かれていたのを見つけ、手を止める。
中を確認してみると、書かれていたのは冒険者への依頼の内容だった。
「マスター、これは……?」
「お、スタン、来てたのか、ちょうど良かったよ」
マスターへと尋ねようとした矢先、買い出しから戻ったマーシャに声を掛けられる。
笑みを浮かべつつ、こちらへと近付くマーシャ。
(マーシャがこういう顔をする時は、面倒な事を押し付けられるんだよな……)
半ば諦めつつ、チビリと酒を飲む。
「マスターから依頼の事は聞いたかい?」
「依頼? この紙に書かれている事か?」
「そうそう、それそれ」
笑いながら、マーシャが首を縦に振る。
「冒険者の依頼なら、他の奴に頼めよ。俺は鍛冶屋だっていつも言ってるだろ?」
「こっちもいつも言ってるだろう? お前は冒険者でもあるだろうって。それに、依頼の内容が内容だからね」
そう言われて、依頼の内容をもう一度確認する。
書かれている内容は、闇オークションの調査と、主催者の捕獲。しかも、依頼者は王国政府と来たもんだ。
「……これは冒険者の仕事じゃないと思うんだが?」
「王国も人手が足りないのか、それとも、人を動かせない理由があるんじゃないのかい?」
「それにしたって、何でこんな田舎町の酒場に、王国からの依頼が来るんだよ?」
「さあねぇ、その依頼を持って来たのはマスターだし」
マスター、アンタ何者だよ?
マスターの方を見てみるが、彼は素知らぬ顔で、グラスを磨いていた。
彼を見ていてもまったく反応が無いので、仕方なくマーシャとの会話に戻る。
「まぁ、内容は分かったが、俺が行く必要はないだろ? 他の奴にでも回せばいいじゃないか」
「あんたねぇ……」
依頼を受けたがらない俺に、マーシャがあきれた声を出す。
「王国からの依頼で、しかも、相手は闇オークションを開ける程の権力者。そんな危険度が高くて、しかも失敗の許されない依頼なんだから、一番腕の良い奴を行かせるに決まってるだろ?」
「俺以外にも、腕が良い奴は居ると思うんだが……」
チラリと、酒場にいる冒険者たちを眺めてみるが、どいつもこいつも目を逸らしやがる。
皆、依頼の厄介さに、二の足を踏んでいるようだ。
意気地がないなぁとは思ったが、田舎町にいる冒険者なんてこんなものかと納得もする。
「それに、あんたは前にも闇オークションを潰した事があるんだろう?」
何気なく言われた、マーシャのその言葉にギクリとする。
確かに、俺は以前に闇オークションを潰した事があった。
闇オークションが潰された事実は隠せない。街でも、ある程度の噂話にはなっていた。
だが、襲撃者が俺だというのは知られていないはずだ。
俺の顔を見た連中の口は、キッチリと封じたし(殺してはいないぞ? 話せば、どういう目に遭うかを懇切丁寧に説明しただけだ)、証拠などは残さなかったはずなのだ。
「マーシャ、その話はどこで聞いたんだ?」
「ん? マスターがそう言ってたけど?」
マスター、アンタ、マジで何者なんだ……。
マスターの方を見てみると、今度はサムズアップしながらこちらを見ていた。
それに乾いた笑いで応えたあと、酒を一気に飲みほし、気分を切り替えようとするが上手くいかない。
「とりあえず、ウチからはあんたが行く事。これは決定事項だよ。いいね?」
「分かった、分かった。行ってくればいいんだろ」
もう、半分自棄になりながら答える。
「よろしい。それじゃあ、あとで詳細を伝えるよ」
「……はぁ」
こうして、俺はまた面倒な依頼を引き受けるのだった。