メイドの注文 B
私の名前はサラサ・ベル。
幼い頃にウィルベール家に拾われ、ウィルベール家の使用人として育てられてきました。
ウィルベール家には、拾って貰った上に、ここまで、育ててくれ、とても感謝しています。
その恩を少しでも返せるよう、日々努力してきました。
その甲斐もあって、執事長のエバンスさんから、アリカお嬢様のお付きになるよう、任命される事になったのです。
それは、とても喜ばしい事でした。
お嬢様のお役に立てるよう、精一杯、頑張らないといけません。
さぁ、今日も張り切って、務めを果たしましょう。
「この町に詳しい人?」
私の質問に、アリカお嬢様が、キョトンとしたお顔になる。
「はい。私はまだ、この町の地理を把握しておりませんので、どなたかに案内して貰えればと思いまして」
私は、この町に来て、まだ日が浅く、どこに、どのようなお店があるか分かっていません。
しかし、そんな事では、お嬢様の役に立てません。早急に解決するべき問題なのです。
「それなら私が案内してあげる! と、言いたいけど、私もこの街に詳しいとは言えないしなぁ」
アリカお嬢様は、貴族としては珍しく、下々の者に対しても、親しげな態度で、接して下さいます。
それ故、私達使用人も、アリカお嬢様をお慕いしているのです。
「う~ん……町の案内を頼むとなると、やっぱり、アイツなのかなぁ」
アリカお嬢様が、アイツと言った瞬間、少し物憂げな表情になりました。
恐らく、あの御方の事を思い浮かべたのでしょう。
アリカお嬢様は、先日の一件以来、スタン様に会われるのが憂鬱なようなのです。
エバンスさんには、お嬢様とスタン様の関係発展の為に、手を尽くすように言われてますが、なかなか前途多難な事になりそうです。
「お嬢様、もし、お嫌であれば、私は1人でも大丈夫ですので」
「大丈夫よサラサ。ただ案内を頼むだけだもの! そう普段通りに、普段通りに……」
お嬢様は、ご自分を落ち着かせるように、深呼吸を繰り返します。
もう既に、普段通りではないのですが、本当に大丈夫なのでしょうか……?
「さて、どこから案内したもんかね」
スタン様のお店で、一騒動あったものの、私は今、スタン様に町を案内してもらっています。
スタン様には、トルネリの森で突然、襲い掛かり、迷惑を掛けてしまいました。
しかも、その後は魔物から助けてもらってもいます。
その謝罪と、お礼を言いたかったのですが、口下手で、恥ずかしがりな私は、上手く話す事ができません。
一度は、話そうと決意したのですが、どうしても言う事が出来ませんでした。
更に悪い事に、私は、感情が表情に出難いそうなので、一緒にいる人の大半が、居心地が悪いと思うそうなのです。
スタン様も居心地が悪いと思ってなければ良いのですが……。
案内して頂いた雑貨屋の前で、スタン様は、店主のジェイムズ様と仲良く雑談されています。
確か、スタン様は名誉騎士のはずです。
その称号は、大きな功績を残した者だけが、国から与えられる称号であり、貴族でも、なかなか与えられる事はないのです。
それなのに、スタン様は、その事をひけらかす事なく、町の人々と、気兼ねなく談笑されています。
アリカお嬢様と同じで、分け隔てなく、誰にでもお優しいのでしょう。
しかし、気になるのは、婚約の話しが出た時のスタン様の顔です。
婚約の話しが出ると、決まって、ウンザリされた顔をされます。
スタン様にとって、アリカお嬢様との婚約は迷惑なのでしょうか……。
「コラ! 待たんか! まったく、スタンの奴め……」
医術師の先生に小言を言われたスタン様は、医院の外へと逃げ出してしまいました。
残された私は、どうすれば良いのでしょうか……?
「ん? お前さんは、スタンの連れか?」
「……はい。サラサと申します」
こちらへと視線を向けた先生へ、挨拶をします。
急に話しかけられたので、内心、慌ててしまいましたが、何とか、マトモな挨拶ができました。
こういう時、感情が顔に出にくい自分に感謝です。
「お前さんからも、スタンに言っといてくれ。あまり無茶をせんようにと」
確かに、スタン様は、トルネリの森でも、かなり無茶な事をしました。
魔物を殲滅する為とはいえ、森の一部を、破壊したのですから。
「ただでさえ、あいつは無茶ばかりして、何度も死にかけたんじゃから」
「え?」
その言葉に、私は驚きました。
「あんなに、強いのにですか?」
そう、あんなに強いスタン様が、何度も死にかけたとは想像できません。
しかし、先生は苦笑いすると、
「あいつとて、最初から強かった訳ではないよ。それこそ、何度も死ぬような思いをして、強くなったんじゃよ」
それは……そうかもしれません。
私も、最初は家事すらマトモに出来ない人間でした。
料理をすれば、お皿を割り、掃除をすれば、ツボを割るような、ダメな子でした。
ですが、精一杯、努力した結果、エバンスさんにも認められるようになったのです。
スタン様も、私と同じように、大変な努力をしたからこそ、今のような強さを手に入れられたのでしょう。
そう思おうと、少しだけ、スタン様を身近に感じられました。
「これで町の案内は終わりだけど、何か質問はあるか?」
その質問に、私は首を横に振ります。
スタン様は、丁寧に町を案内してくれました。
取り立てて、これ以上聞くことはありません。
ですが、
「あの……」
言っておかねばならない事があります。
私は今日、スタン様の仕事の邪魔をしてしまいました。
「本日は、お手間を掛けて、申し訳ありませんでした。それと、不快な思いをさせて、申し訳ありません」
それに、一緒にいた間、私はずっと黙ったままでした。さぞ、居心地が悪かった事でしょう。
その事を、お詫びしておかなければいけません。
「不快? 何の事だ?」
「え?」
私の言葉に対し、スタン様は、訳が分からないという顔をしていました。
何故、そんな顔をするのでしょうか?
私と居て、つまらなく無かったのでしょうか?
はっきりと、その思いを口にします。
「私と一緒にいて、つまらない思いをさせてしまったかと」
「つまらないだって?」
そう言った後、スタン様は優しく笑い、語りかけてきます。
「いいか、今日、サラサと町を回って、つまらない事なんかなかったさ。むしろ楽しかったよ。のんびりできたし、可愛い女の子とデートできたしな」
可愛い? 私がでしょうか? そんな事、今まで言われた事なかったのに。
いけません、顔が赤くなってしまいます。
「だから、申し訳ないなんて、そんな事を思うな」
スタン様は、その手を伸ばし、私の頭へと触れ、撫で始めました。
いけません、顔の熱がどんどん上がってしまいます。
でも、スタン様に頭を撫でらていると、何だか、幸せな気分になってきました。
暫くの間、私は、その幸せな気分へと、身を任せてしまうのでした……。
その後、私は、スタン様のお仕事を見てから、アリカお嬢様の元へと帰る事にしました。
武器の鍛錬に打ち込むスタン様の顔は、とても凛々しく、また、とても楽しそうでした。
戦闘中のスタン様も格好良かったですが、私には、武器を作っているスタン様の方が、素敵な様に思えます。
そう言えば、トルネリの森での、お礼と謝罪をし忘れていました。
ですが、また今度でいいですよね。
スタン様に会いに行く理由が、一つできるのですから。
~メイドの注文・了~