メイドの注文 A
俺の名前は、スタン・ラグウェイ。
鍛冶屋兼、冒険者兼、名誉魔術師兼、名誉騎士だ。
最近は、ウィルベール家令嬢の婚約者とか言う噂もあるが、そんなものは知らん。
エバンスが、町に噂を広げたらしいが、俺には関係ない。
……関係ないはずだ。
……多分。
これ以上考えても、暗くなるばかりだ。そろそろ店を開けるとしよう……。
「町の案内?」
いつも通りに店を開き、営業を開始していた俺の所に訪れたのは、この前、町へと戻ってきたばかりのアリカ、とメイドのサラサだった。
「そ、そうなのよ。サラサに町を案内して欲しいんだけど」
そう話すアリカは、少し態度がぎこちない。
やはり、名目上とはいえ、婚約者となった俺と、どういった態度で接していいか分からないのだろう。
俺としては、名目上だけなのだから、普段通りでいいと思うのだが。
「お前が案内てやれば、いいんじゃないのか?」
「私は、この町にそこまで詳しくないし、その……魔術の研究発表が近いから、忙しいのよ」
「ああ、そっか」
その答えに納得した。
魔術協会に所属する魔術師は、一定期間ごとに研究の発表をしなければならない。
その成果で、魔術師としてのランクの変動や、研究資金の増減が行われるからだ。
まぁ、名前だけの魔術師には、そんなの関係ないけどな。
「あれ? そう言えばお前、以前に古代魔術の発表をしたじゃないか。もう次の発表期限なのか?」
「うっ……それは……」
何やらアリカが動揺している。変な事でも言ったか、俺?
「お嬢様、変な誤魔化しはせずに、やはりお嬢様も一緒に、案内をしてもらいましょう。むしろ、お嬢様がスタン様に案内して頂いて下さい。私は、その後ろを、ひっそりとついて行きますので」
「そ、そんなデートみたいな事できる訳ないでしょ!?」
何やら二人でヒソヒソと話している。小声で良く聞き取れないが、アリカが慌てているのは分かった。
「とにかく! サラサの事、頼んだからね!」
言う事だけ言って、店から飛び出して行くアリカ。
アイツが慌ただしいのは、いつもの事だが、今日のは特に酷かったな。
まぁ、頼まれたからには、やるしかない。
一つ、問題があるとすれば、
「俺の店も営業中なんだがなぁ……」
まぁ、客なんて滅多に来ないから、別にいいか。
「さて、どこから案内したもんかね」
俺は店の戸締りをし、サラサに町を案内する。
片田舎の小さな町なので、それ程時間も掛からないだろう。
ブラブラと歩きながら、目につく建物を、説明していく。
そんな俺の後ろを、サラサは無言のままついてくる。
どうやら、サラサは、あまり喋らない娘みたいだ。
無口なのと、その幼い外見が相まって、まるで本物の人形の様だった。
まぁ、アリカが騒がしい分、こういう静かな娘が、付き人としては丁度良いのかもしれない。
「あの……」
「うん? どうかしたのか?」
後ろから、小鳥が囀るような声が聞こえる。
サラサは何か言いたそうな顔をしていたが、
「いえ、何でもありません……」
結局、何も言わずに黙ってしまう。何か言いたい事があったのだろうか?
「ここが町の雑貨屋だ。店主に頼めば、遠方からも品物を取り寄せてくれるから、足りないものがあれば、頼むといい」
俺の説明に、サラサはコクリと頷く。
俺が建物の説明をしては、サラサが頷くの繰り返しだが、時間も短く済むし、面倒がなくて良い。
さっきは、何か言いたそうにしていたのだが、別段、何も言ってくる事はなかった。
無理して、こちらから聞く事でもないし、本人が話したくなるまで、待つしかないだろう。
ここの説明も済んだし、次へと向かおうとしたのだが、
「おや、スタンじゃないか」
店から出てきた中年の男に呼び止められる。
この店の主、ジェイムズだった。
「お前、アリカちゃんと婚約しただと? しかも、今日は可愛いメイドさんまで連れて……この女誑しめが」
「また、その話しか……」
町の連中は、会う度に、その話題を振ってくる。もうウンザリだ……。
「俺は女誑しじゃないし、この子だって、町を案内してやってるだけだ」
「町のアイドルのアリカちゃんと婚約した上、そんな可愛い娘とデートしてるんだ。充分、女誑しの素質があるさ」
そんな風に皮肉を言っていたジェイムズだったが、急に真顔になると、
「ところで、ちょっと聞きたいんだが……アリカちゃんがウィルベール家のお嬢様ってのは本当なのか?」
恐る恐る、聞いてきた。
「ああ、本当の話しだけど……何をそんなに怯えているんだ?」
「だって、お前、貴族のお嬢さんとは知らなかったからなぁ、色々と失礼な事をやったんじゃないかと思ってな……」
成程、そういう事か。
「おいおい、あのアリカがそんな事、気にすると思うのか? むしろ、お嬢様扱いしたら、それこそ怒りそうだろ」
どうやらアリカの奴は、ウィルベール家の娘として見られるのが、嫌な様子だった。
俺は別に、アリカの事をお嬢様扱いする気はないから良いのだが、町の連中にも、さりげなく、お嬢様扱いしないように、言っておく事にしよう。
「貴族のお嬢様なのに、今まで通りの態度で良いのかね?」
「ああ、アリカがどんな奴か、お前にも分かってるだろ?」
「そうか、それもそうだな。アリカちゃん、良い子だもんな」
ジェイムズは納得したようだ。安堵の息を吐き、晴れ晴れとした表情になる。
「それに、アリカをお嬢様扱いするなら、俺の事も騎士扱いしろよな」
「お前はいいんだよ、お前は。ただの鍛冶屋バカなんだから」
「へいへい、そうですか」
どんな役職を貰おうと、俺の評価は変わらないらしい。
まぁ、その方が、俺も気楽で良いから、構わないんだけどな。
次に俺たちが訪れたのは、町の医院だ。
大きな街にある病院なんかと違い、こじんまりとした建物だが、田舎町の医院としては、充分なものだろう。
建物の中へと入り、サラサに受付の場所を案内する。
「ここの医術師は偏屈だけど、腕だけは良いぜ。まぁ来ないに越した事はないけどな」
「誰が、偏屈じゃと? まったく、お前ときたら……」
俺達の話しを聞きつけたのか、建物の奥から、白衣を着た老人が出てくる。
「何だ、ゴン爺いたのかよ」
「医術師が医院にいるのは、当たり前じゃろうが」
ゴン爺と呼ばれたこの老人は、この町で唯一の医術師だ。
暗黒龍に挑んでいた時は、何度も世話になったもんだ。
「聞いたぞ、スタン。お前、また無茶をしたそうじゃないか」
「無茶? 最近は大人しくしていたはずだぜ?」
アルナスと決闘して以来、大きな怪我をした事はなかったはずだ。
ゴン爺の言う事に、心当たりがない。
「何が大人しくだ……魔物の群れに囲まれて、しかも森の一部を丸裸にしたんだ。無茶苦茶にも程があるじゃろう」
どうやら、トルネリの森の事を言っている様だ。
俺としては、そこまでやるつもりは無かったのだが、結果として、森の一部を破壊したのは、確かな事だった。
そう言われては、頭を掻くしかない。
「しかも、その後、ここには来ないときたもんだ。それだけ暴れたんだったら、しっかりと検査に来い」
「悪かったよ、大した怪我もしてないし、来る必要が無いと思ったんだよ。今度、検査しにくるから、勘弁してくれよ」
このまま居ると、話しが長くなりそうだ。
ゴン爺に謝りつつ、入口の方へと後退する。
「あ、コラ待て! まだ話しは終わっとらんぞ!」
「悪いな、まだ、案内の仕事があるんでな」
俺は、まだ騒いでいる老医術師に背を向け、建物の外へと退散する事にした。
「これで町の案内は終わりだけど、何か質問はあるか?」
サラサにひと通り町を案内した後、俺達は店へと戻ってきた。
サラサは少し考えた後、小さく首を横に振る。どうやら問題はなさそうだ。
まだ、夕食までには時間が少しあるし、鍛冶の仕事でもするかな。
「あの……」
そんな事を考えていた時、サラサから声が掛かる。
「本日は、お手間を掛けて、申し訳ありませんでした。それと、不快な思いをさせて、申し訳ありません」
そう言って、サラサは頭を下げる。
「不快? 何の事だ?」
不快な思いなんてしてないのだが、サラサは何の事を言っているのだろう?
「私と一緒にいて、つまらない思いをさせてしまったかと」
「つまらないだって?」
そんな事は、まったく思っていない。
だが、サラサはそう思い込んでいるのだろう。申し訳なさそうに縮こまってしまっている。
だから、サラサを安心させるように、笑ってやった。
「いいか? 今日、サラサと一緒に町を回って、つまらない事なんかなかったさ。むしろ楽しかったよ。のんびりできたし、可愛い女の子とデートできたしな」
サラサの不安を取り除くように、優しく語りかける。
「だから、申し訳ないなんて、そんな事を思うな」
そして、サラサの頭を撫でてやる。気持ちが伝わるように、と。
俺の想いが伝わったのか、サラサの表情は柔らかくなった。
もう不安に思っている様子はない。これなら大丈夫だろう。
その後、サラサは俺の仕事を少し見てから、アリカの所へと帰っていった。
人見知りのようだが、今日の事で、少しは町に慣れただろうか?
まぁ、アリカのお付きだし、これから何度も会う機会はあるだろう。
その時は、アリカと一緒に面倒を見てやる事にすればいいだけだ。
また明日からも、賑やかで、忙しい日々になりそうだ……。




