お嬢様の注文 6
「私、帰る事にするわ」
トルネリの森から出たところで、アリカは、自分の考えを告げる。
「やっぱり、このままじゃ良くないしね。お爺様と、しっかりと話しをしてくるわ。結婚の事や、今後の事なんかもね」
魔物との戦いで、疲れてはいたものの、その表情には、決意が満ちていた。
「ああ、それがいい。しっかりと話しをつけてこい」
今回、ユリウスは、かなりの失態を見せた。恐らく、婚約の話は破棄される可能性が高いだろう。あとは、アリカ次第だ。
「お前の爺さんに、お前の想いをしっかりと伝えてこい。お前がどうしたいのかもな」
「うん」
しっかりと頷くアリカ。そして、少し考えた後、
「ねえ、スタン。私が困ったら、また助けてもらってもいい?」
「そうだな……お前の場合は、放っておくと、更に面倒な事になりそうだし、仕方ないか」
「何よそれ……」
俺の答えに、不満そうな顔をしたアリカだったが、俺の軽口はいつもの事かと、思い直したのだろう。表情を和らげると、
「……ありがと」
礼の言葉を口にする。
気にするなと、軽く手を振り答える。
アリカを助ける事を、そこまで手間だとは思っていない。
俺の気持ちが伝わったのかは、分からないが、アリカが嬉しそうな表情をする。
そして、
「じゃあ、またね」
「ああ、またな」
別れの言葉を口にして、アリカは、ウィルベール家へと帰っていった。
「……で、どう言う事だ?」
ここは、いつもの俺の店だ。
数週間後、アリカは祖父を説得して、町へと戻ってきた。それはいい。
だが、
「どう言う事とは、何の事でございましょう?」
アリカの後ろには、エバンスと一人のメイドがいるのだった。
「何で、お前がいるか聞いてるんだよ、爺さん」
すっとぼけるエバンスを、軽く睨んでやったが、老執事は涼しい表情のままだ。
「その事なんだけどね……」
アリカがおずおずと話し始める。
アリカの説明によると、まず、祖父を説得し、結婚の話しは無しにしてもらったそうだ。
ユリウスの失態もあったが、何より、アリカが明確な意志で拒絶したので、これには、アリカの祖父も諦めるしかなかった。
だが、アリカがこの町を拠点に、魔術の研究や冒険する事には断固反対したらしい。
アリカと祖父の口論は、お互いに平行線のまま、数日が過ぎた。
それを見かねたエバンスが妥協案を出し、アリカの祖父を納得させたのだそうだ。
「それで、爺さんが、この町でアリカの面倒を見ると?」
「いえいえ、私はアリカお嬢様をお送りに来ただけですので、数日もすれば、大旦那様の元へと戻ります。この町での、アリカお嬢様のお世話は、このサラサが致します」
「サラサと申します。どうぞ、よろしくお願い致します」
そう名乗って、エバンスの横に控えていたメイドがお辞儀をする。
その顔には見覚えがあった。確か、トルネリの森についてきていたメイドの1人だ。
「サラサは当家の中でも、優秀なメイドです。家事はもちろんの事、戦闘技術も一級品です。まぁ、婿殿には敵いませんでしたが」
「ちょっと待て」
今、聞き捨てならない単語が聞こえた気がした。
「婿殿ってのは何だ?」
「婿殿は、婿殿でございます」
ニヤニヤとした顔で、答えになっていない答えを返してくるエバンス。
説明を求めて、アリカの方へ顔を向けたのだが、アリカは赤い顔をして、下を向いてしまう。
その様子に、更に笑みを深くしたエバンスは、今度はキチンと、事情を説明し始める。
「いやはや、実は、アリカお嬢様と大旦那様の口論が続く中、私めが助け船を出しましてな。その時、スタン様の事をお話ししたら、大旦那様も興味を持たれまして……」
「何でそこで、俺の名前が出てくるか理解に苦しむが、まぁいい、続けろ」
「はい。それで、スタン様の事をお調べした所、何と、アリカお嬢様と共に古代魔術の解読をされただけでなく、勇者様をお助けした騎士様というではありませんか」
大袈裟な仕草で、驚いたという態度を取るエバンス。こいつ舞台役者でもやってたのか?
「騎士の称号を貰ったのは、アルナスに協力した後なんだが?」
「順番など、大した問題ではございません。今現在、貴方様は、勇者様を助けた騎士なのですから」
「お前、この前、俺の事をアリカに纏わりつく害虫とか言ってたよな?」
「はて、そんな事言いましたでしょうか? 最近、歳のせいで物忘れが激しくて……」
「このジジイ……」
「とにかく! 武芸を極めており、古代魔術を解読する程の知識を持ち、尚且つ、アリカお嬢様が信頼を寄せている御仁。で、あればアリカお嬢様の婿に相応しいのではないかと、私めが大旦那様に進言致しまして」
やばい、頭が痛くなってきた。
「そういう信頼できる者が居るならばと、大旦那様も、アリカお嬢様がこの町に来る事を許可したのでございます、はい」
「待て待て待て、爺さん達の話しは分かった。だが、本人の意見を尊重すべきじゃないのか?」
そう言いつつ、アリカの方を見る。
あいつも、また勝手に結婚相手を決められて、嫌がっているのだろうと思ったのだが、
「……え? 私はその……うううっ……」
俯いたまま、こちらをチラチラと見ては、恥ずかしそうな顔で固まるアリカ。
何か悪い物でも食ったんじゃないのかアイツ?
今の状態を見ると、アリカの奴は役に立ちそうにない。
自分で状況を打破するしかなさそうだ。
「それに、俺の意志はどうなる?」
「おや、スタン様はアリカお嬢様の事がお嫌いですか? 結婚など絶対にしたくないと?」
「そんな事は言ってないだろう……」
正直、アリカの事は嫌いじゃない。が、婚約となると、また話は別だ。
だが、アリカが泣きそうな表情でこちらを眺めているのを見てしまうと、何故か嫌だとは、言い難かった……
「そうだ。それに、ユリウスの件もあるだろう? また早急に判断して、とんでもない男だったら、どうするんだ?」
これならば、相手も引き下がるだろうと思ったのだが、
「はい。ですから、すぐに結婚しろとは申しません。傍に居て頂いて、お互いに理解と愛情を深めて頂ければと……」
どうやら、この反論も想定済みのようだった。
だが、こちらとて、簡単に諦める気はない。
「だったら、別に俺の事を婿と呼ぶ必要はないだろ? 結婚するかどうかは分からないんだから」
「確かに、そうですな。ですが、スタン様をアリカお嬢様の婚約者としておきませんと、また何処かの誰かが、アリカお嬢様に求婚でもして、アリカお嬢様を困らせる事になりかねませんな。スタン様はアリカお嬢様が困った時には、助けて頂けるのでしょう? でしたら、アリカお嬢様が困らぬようにしてくれても、よろしいではないですか?」
このジジイ、アリカとの会話をしっかり聞いてやがった……
しかも、何やら煙に巻かれているような気がするんだが、考えが上手く纏まらない。
「だが、婚約はな……」
「別に、結婚の強制は致しませんし、不都合になれば、途中で破棄して頂いても構いません。ですが、アリカお嬢様をお助けすると思って、名前だけでも……」
このまま話しを続けていても、粘られ続けそうだった。
ある程度の所で、折れるしかなさそうだ。
「分かった、分かった。名前だけなら……」
「ありがとうございます! いやはや、これで私めの肩の荷も下りました」
嬉しそうにするエバンス。
まぁ名前だけの婚約者であれば、俺への影響は特にないだろう。
そう思っていたのだが、
「では、私めは、早速この事を町へと広めて参ります」
「なっ!?」
「アリカお嬢様に婚約者がいると広めねば、意味はありませんからなぁ。では、私めはこれで!」
「おい!? ちょっと待て!」
急いで呼び止めたが、遅かった。
エバンスは老人とは思えぬ速さで、去っていき、その姿は、もう見えなくなっている。
「……もう、どうにでもなれ」
後に残されたのは、打ちひしがれた俺と、黙ったまま立っているメイドのサラサ。
そして、
「えっと……これからもよろしくね」
可愛らしくはにかむアリカであった。
~お嬢様の注文・了~