お嬢様の注文 5
アリカに襲い掛かった魔物を仕留め、周囲の状況を確認する。
エバンスやメイド達は、魔物と激しい戦闘を繰り広げたのであろう。
その姿は、傷つき、ボロボロになっている。
だが、幸いな事に、重傷者はいない。
ユリなんとか言う貴族のお坊ちゃんも、木の陰で震えていてるだけで、怪我は無い様だ。
しかし、戦力にはならないだろう。
「まったく、更に面倒な事になってるよな……」
愚痴を言いつつ、近くにいたアリカとメイドを抱え、エバンスの下へと連れていく。
「スタン、 どうしてここに!?」
「細かい話しは後だ。まずは魔物をどうにかしないとな」
多少、気力を取り戻した様子のアリカをエバンスに預け、
「爺さん、メイドたちと固まって身を守れ。魔物は俺が何とかする」
「しかし……」
「あとは任せろ」
そう言い残し、魔物へと向かって走り出した。
風のように走り去ったスタンは、勢いのままに魔物と交錯し、足を止めずに切り裂いてゆく。
大地のみでなく、木を蹴り、駆けるその様は、まるで疾風のようだ。
「あの男は、何者ですか? 只者ではないと思っておりましたが……」
その様子を眺め、エバンスが驚きの声をあげる。
その問いに、クスリと笑い、アリカが答えた。
「ただの鍛冶屋よ」
駆け抜けざまに昆虫型の魔物を葬り、目についた豚頭の魔物に投げナイフを突き刺す。
既に、かなりの魔物を片付けたはずだが、一向に魔物が減る気配がなかった。
(キリがないな)
このままでは埒があかない。
別に、魔物の討伐が目的ではないので、逃げられれば良いのだが、アリカ達が疲労している今、それも難しい。
(一気に片付けるしかないか)
そう決めたスタンは、近くにいた魔物を蹴散らし、アリカ達の下へと戻るのだった。
こちらへと、スタンが戻ってくる。何か問題が出たのだろうか。
「どうしたの?」
怪我でもしたのだろうか? 心配になり、彼の全身を見てみるが、怪我をしている様子はない。
「いや、剣じゃ埒があかないんでな。魔術で一気に片付けようかと」
「確かに、威力のある魔術なら可能かもしれなけど……ここじゃ無理よ。木や岩なんかの障害物が多すぎるもの」
「障害?」
その言葉を聞き、スタンが笑う。
「アリカ、1つ良い事を教えてやるよ」
その言葉と共に、彼の笑い方が変化する。
「障害ってのはな、排除できるんだぜ」
意地の悪い、笑い方へと。
(ああ、何か無茶をやる気なんだわ……)
アリカからは、乾いた笑いしか出でこなかった。
魔物への対応を、一時的にエバンスたちに任せ、スタンは魔術へと集中する。
高威力の魔術の発動には、高い集中力を要する。
間近に迫る魔物の咆哮。頬を切り裂いた魔物の投げ槍。
その全てを、意識の外に置き、スタンは深く集中する。
必要なのは、魔術を正確に思い描く事。そして、それを行使する意志。
「まだなの!?」
なけなしの気力を振り絞り、魔術で敵を阻んでいたアリカが叫ぶ。
その声に応えるように、スタンが、その目を静かに開き、
「準備オーケーだ。全員伏せろ!」
その魔術を解き放つ。
「風よ、風よ、あらゆる物を切り裂く、無尽の刃となり、その身を空へと、舞い踊らせろ!風刃嵐舞!!」
スタンが放った魔術は、幾多もの風の刃を作り、嵐のように吹き荒れさせた。
刃は、触れる物、全てを切り裂いてゆく。
魔物も、樹木も、岩すらも。
多くの魔物が風の刃に切り裂かれ、運よく逃れた魔物も、倒れる樹木に潰されてゆく。
スタンたちを囲んでいた多くの魔物が、一つの魔術により殲滅されてゆくのであった。
「やり過ぎなのよ、あんたは! 危うく木に押しつぶされる所だったじゃないのよ!」
「俺たちの方に倒れて来ないように、放ったつもりなんだが……悪い、少し失敗したわ」
「悪いで済む問題じゃない!!」
「まぁまぁ、アリカお嬢様。助かったのは事実ですし、落ち着いて下さい」
宥めるエバンス達により、アリカも、徐々に落ち着きを取り戻していく。
(まぁ、予想より威力が出たのは事実なんだけどな……)
そんな事を言えば、アリカの怒りが再燃するだけなので、胸の中にしまっておく事にする。
ここまで森を破壊するつもりは無かったが、仕方がない。
斬ってしまった樹木は、後日、街の連中を呼んで、木材にでもする事にしよう。
「ねぇ」
アリカから声が掛かったのは、そんな考えをしていた時だった。
「どうして、来てくれたの?」
恐る恐る尋ねる。私は、スタンに酷い事を言ったのだ。助けてもらえるとは思っていなかった。
けど、彼は追いかけてきてくれた。
「どうして?」
もう一度、問いかける。その答えが知りたくて。
スタンは、頭を掻いて、そっぽを向いていたが、やがて、真剣な顔でこちらを見据え、
「本当に分からないのか?」
その言葉に、ドキリとした。
「え?」
アリカは、赤くなった顔で、こちらへと聞き返してくる。魔術の使い過ぎで、熱でも出したのだろうか?
早く馬車にでも戻って休んだ方が良いのだが、説明を聞くまでは、動きそうになかった。
「いいか、アリカ? 俺達は、この森に素材とユムグ草を採りに来たんだよな?」
「え? う、うん。そうだけど……?」
俺の話しに、アリカは戸惑った様子だ。
その話しが、俺がここまで来た理由に、どう関係あるのかが、分からないようだった。
「俺とお前は、結構な量の素材やユムグ草を集めたよな?」
「そうね、確かに……」
アリカの戸惑いが大きくなる。まぁ、最後まで聞いてもらいたい。
「なのにお前は、自分の荷物を投げ出して、帰るときたもんだ。そりゃ俺だって、荷物が持ちきれないから、馬車に戻るに決まってるじゃないか」
それが、俺がここまで戻ってきた理由だ。
その途中で、魔物に襲われているアリカ達を見かけたのだ。
流石に無視をする訳にもいかないだろう。
これで、ここに俺が来た理由を、アリカも納得するはずだ。
アリカの様子を見てみると、体を小刻みに震わせている。
寒気でも出たのだろうか? やはり、早く何処かで休ませた方が良いんじゃないだろうか?
そんな事を思っていると、
「あんたは……そういう奴よね……フフフッ」
地の底から這い出るような声が、アリカから聞こえてきた。
「痛ってぇな~。あんだけ元気があれば、魔物だって倒せただろうに……」
怒りが爆発したアリカを大人しくさせるのに、スタンは苦労した。
それこそ、何発か殴られて、やっと落ち着かせたのである。
「あのような言い方をなさるからですぞ」
そんなスタンの横に、エバンスが現れる。
「そうは言っても、事実だからなぁ」
「では、その持ちきれない荷物は、今どこに?」
エバンスの一言に、スタンは言葉に詰まってしまう。
この場に現れたスタンは、荷物など持っていなかったのである。
「……どこかで、落としちまったかな」
「ホッホッホッ、そうですか。よほど慌てていたのですな」
「爺さん、あんた意地が悪いな」
「スタン殿ほどでは、ないと思うのですが?」
その言葉に、スタンは苦虫を噛み潰したような顔になるのであった。
呪文や魔術の名称を考える度、身悶えしてます……