表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/69

お嬢様の注文 4

(スタンのバカ、スタンのバカ、スタンのバカ!)

 スタンの元から、駆け去ったアリカはエバンス達と共に、森の外へと向かっていた。

「いやはや、まったく無礼な男でしたね、あの野蛮人は」

 隣りではユリウスが親しげに話しかけてくる。

「ですが、どうかご安心くださいアリカ嬢。私の妻となれば、あのような野蛮な男は二度と近づけさせませんので」

 意気揚々(いきようよう)と語るユリウス。できれば、ユリウスのような男を近付かせて欲しくはないのだが、流石(さすが)に本人にそう言うのは、気がひけた。

「それにしても……何やら妙な(にお)いがする気が」

「え?」

 一瞬、不思議に思ったが、先程の出来事を思い出し、納得した。

「それは私かもしれません。さっき、スタンに魔物()けの薬を掛けられたので」

「何と!? あの男はそんな事まで! まったく、これだから野蛮人は」

 信じられないという表情で大袈裟(おおげさ)に首を振るユリウス。

「アリカ嬢、どうかこれをお掛けください。私も愛用している香水です」

「あ、ありがとうございます」

 そう言いつつ、アリカに香水を吹きかけるユリウス。その行為にはムッとしたが、今のアリカにはユリウスを怒るほどの元気はなかった。

「ふむ、これで良し。アリカ嬢はウィルベール家のご息女なのですから、身だしなみにはもっと気を付けていただかないと」

 その言葉を聞き、アリカは陰鬱(いんうつ)な気分になる。

 やはり、この男も、自分の事をウィルベール家の娘としか見ていないのだ。




 アリカは、ウィルベール家の娘として、幼い頃より大勢の人間に囲まれて生きてきた。

 屋敷に仕える使用人。ウィルベール家と交流のある貴族。商会と取引を行う商人など。

 そんな人々に囲まれ、ちやほやされ、幼少期を過ごしたアリカであったが、ある時、気が付いてしまった。

 彼らは、アリカの事をウィルベール家の娘としか見ておらず、アリカ自身を見てくれてはいないのだと。

 もちろん、すべての人間がそうであった訳ではない。だが、幼いアリカには、その事は分からなかった。

 だから、アリカはウィルベール家とはあまり接点がない、魔術の世界へと進んだ。

 幼い頃に見た魔術が、とても綺麗で、心に残っていたのも理由の一つだ。

 だが、そこでもウィルベールの名がつき(まと)う。

 魔術協会でも、アリカがウィルベール家の人間だと分かると、多くの人が、嫉妬(しっと)羨望(せんぼう)の入り混じった目で見てきた。中には、あからさまに、すり寄ってくる人間も出てきた。親しい人間ですら、その態度を変える。

 アリカは、もうウンザリしていた。

 自分には、ウィルベール家の娘としか価値がない。

 自分自身には、他に価値がないのだと、言われているように思えるのだ。

 だからアリカは、自分がウィルベール家の人間である事は、極力言わないようにしていたのだ。


 


(そう言えば、スタンは私がウィルベール家の人間だと知っても、態度を変えなかったわね)

 スタンは、ウィルベール家の人間だと知った後も、普段通りだった。

 隠していた事に対しても、怒った様子はなかった。面倒だとは言われたけど……

(考えてみれば当然か。あいつは武器作り以外には興味がないものね)

 地位も名誉も財産も、スタンは興味がないのだ。ウィルベールの名前を出したところで、大して動じるはずがない。

(もっと早く話せば良かったかなぁ)

 今更(いまさら)考えても仕方がない事だったが、アリカは、考えずにはいられなかった。




 もう少しで森の入り口へと着くという時に、周囲の空気が変わり始める。

「! お嬢様、お下がりください!」

 最初に気が付いたのはエバンスだった。

 次いで、メイドたちも各々(おのおの)、武器を構える。

「な、何?」

 分からなかったのはアリカと、その隣りで浮かれていたユリウスだった。

 だが、周囲から魔物の(うな)り声が上がると、その状況を把握(はあく)する。

「囲まれているの!?」

「はい、それも、かなりの数でございます」

 アリカの問いに、エバンスが厳しい表情で答える。

「何故これほどの魔物が……」


 エバンスたちは気付かなかった。

 魔物除けの薬というのは、魔物たちが忌避(きひ)する臭いを発しており、それ1つで、(すで)に完成している物である。しかし、そこに余分な香料が加わってしまえば、それは別の物になってしまう。

 ユリウスは、魔物除けが掛かっているアリカに香水を掛けてしまった。

 それによって変化した香りは、偶然にも、魔物たちを引き寄せる効力を発揮していたのだ。


 エバンスとメイドたちは円陣を組み、アリカとユリウスを守りつつ、魔物の群れへと応戦する。

 だが、

「ダメです! 数が多すぎます!」

 小鬼の魔物を斬り倒したメイドが叫ぶ。

 一体、一体は大した事はないが、数が多すぎた。おまけに視界の悪い森林の中だ。

 魔物たちは次から次へと襲いかかり、次第にアリカ達を追いつめていく。

(こんな場所じゃ、強力な魔術が使えない!)

 アリカは、エバンスたちに守られつつも、魔術を放つ。

 だが、延焼(えんしょう)の危険がある為、炎の魔術は使えず、水や風の魔術で応戦するが、樹木や岩が障害物となり、あまり効果はでなかった。

「ユリウス様! 私たちが食い止めます! どうかアリカお嬢様を連れて、お逃げください!」

 一縷(いちる)の望みを託して、エバンスは叫ぶ。

 せめて、アリカだけでも、助けようと。

 だが、

「むむむ無理に決まっているだろう!? こんな魔物の群れから逃げられるはずがない!」

 いくら武芸の腕があろうと、実戦の経験がないユリウスは、完全に(おび)えており、使い物にならなかった。

 そうこうしているうちにも、魔物の包囲は狭まり、皆が消耗していく。

 懸命に、魔術を撃ち続けたアリカも、疲労により魔術に集中できなくなり始めた。

 そしてついに、メイドの1人が、熊のような魔物の一撃を受け、体勢を崩してしまう。

 弱った獲物を仕留めようと迫る、魔物の追撃。

「危ない!」

 アリカは、咄嗟(とっさ)に魔物へと体当たりし、何とかその狙いを()らす。

 衝撃に(おどろ)き、怒り狂った魔物は、その狙いを、アリカへと変えた。

「お嬢様ぁ!!」

 魔物の振りかぶった豪腕が、少女へ迫る。

 だが、疲労困憊(ひろうこんぱい)のアリカには、もう避ける事はできなかった。




(ここまでなのかな)

 疲労のせいで、もう上手く頭が回らない。

(けど、結婚して、窮屈な生活になるよりはマシなのかも)

 その様な暗い事を考えつつ、目を閉じるアリカ。

(そういえば、前にもこんな事があったなぁ)

 思い出すのは、スタンと冒険した時の事だ。あの時も、同じように死にかけた。

(酷い事を言って、別れちゃったけど、私が死んだら、少しは悲しんでくれるかな?)

 そんな事を思いつつ、最期の時に備えた。

(……ごめんね)

 空気を裂く音が近付(ちかづ)き、死を覚悟する。

 しかし、いつまで待っても、衝撃がこない。

 それを不審に思っていると、


「何を死にかけてるんだよ、お前は」


 間近(まぢか)から、声が掛かった。

 その声に驚き、目を開ける。

 聞こえるはずがない声が聞こえた。

 幻聴だと思った。

 だが、開いた目には、はっきりと映っていた。


 目の前に立つ、スタンの姿が。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ