お嬢様の注文 3
「なあ、アリカ? ちょっと聞きたい事があるんだが?」
ウィルベール商会を名乗る男達と対峙していた俺は、そこに現れたアリカへと声を掛ける。
「お前は、この爺さんの事を知っているのか?」
「え~っと……」
俺の質問に、しまったという顔をするアリカ。
俺は、さらに質問を畳みかける。
「お前は貴族のお嬢さんなのかな?」
「えっと、あのね?」
「お前の姓はウィルベールなのかな?」
「別に隠していた訳じゃないのよ? ただ、言う必要がないかなって思って……」
「そういう面倒な事は、先に言ってて欲しかったんだがな……」
判明した事実に、顔を覆いたくなる。
そこで、ふと気が付いた。
「って事は、アレか? お前がユムグ草を買い占めたのか?」
「え? 何それ? そんなの知らないわよ?」
俺の質問に、キョトンとするアリカ。
噂では、アリカが買い占めを指示したらしいのだが、アリカは、まったく知らない様子だった。
「おかしいな。じゃあ、誰がユムグ草の買い占めを……?」
「ああ、それは大旦那様が行われた事でございます」
俺の疑問に答えたのは、エバンスと呼ばれた、老執事だった。
「アリカお嬢様が帰省なされた際、ユムグ草の料理がとても気に入ったと、話されていたので、大旦那様が、お嬢様の為にと、指示されたのです」
「お前の爺さんって……」
「お爺様は、ちょっとやり過ぎる事があるのよね……」
アハハと、アリカは、力のない顔で笑う。
まぁ、アリカの爺さんだもんな……
「さっきから黙って聞いていれば、君は少しアリカ嬢に馴れ馴れしくないかね?」
と、今まで黙っていた貴族の男が声をあげる。名前は確か……ユリウスだっけ?どうでもいい奴だったから忘れかけていた。
「アリカ嬢は、この国で一番の商会、しかも貴族のご令嬢だ。君のような野蛮な男が、気軽に声を掛けられる方ではないのだよ?」
そうキザったらしく、言い放つユリウス。
「……で、結局こいつはなんなんだ?」
そうアリカに質問するが、アリカは嫌そうな顔をして答えない。
「どうやらアリカ嬢は恥ずかしがって、答えられないようだ。仕方がない、特別に僕が答えてあげよう」
ユリウスは妙なポーズを決めつつ、自分の立場を告げる。
「僕は、アリカ嬢の婚約者だ」
ユリウスの発言を聞いた俺は、アリカへ、一つだけ言っておく。
「お前、趣味悪いんじゃないのか?」
「私が決めた訳じゃないわよ! お爺様が勝手に……!」
心底、嫌そうな顔をするアリカ。まぁ気持ちは分かる。あんなのが相手じゃな。
「お嬢様、大旦那様のお気持ちを、お察しください」
不満を顕わにするアリカに、エバンスが、懇願し始める。
「お嬢様が古代魔術を再現され、魔術師として成功した事に、大旦那様は大層、お喜びになられました。しかし、その為に、お嬢様は大変危険な目に遭われたとか。大旦那様はそれを心配しておられるのです」
「それで、結婚させて、安全な家庭に入れてしまおうと?」
「その通りでございます。今回とて、妙な男に連れられ、この様な危険な森へと足を踏み入れております。その様な事がないよう、家庭に入っていただくのが、一番でございます」
ゴーレムの時も、今回も、ついて行くって言いだしたのは、アリカなんだがな……
まぁ、事情は分かった。
「だけど……アレでいいのか?」
ユリウスを指差しつつ、エバンスに問いかける。
あんなのでいいのか? と。
「ユリウス様は、当家が決めた、アリカお嬢様の婚約者としての基準をクリアしております。家柄も良く、武芸や学問にも秀でております故」
その基準には人格も入れておくべきじゃないのかね? とは思ったが、口には出さなかった。
「さぁ、アリカお嬢様。我々と一緒に、大旦那様の元へお帰りください。そしてユリウス様とご結婚を」
「嫌よ!」
アリカは大声を出し、はっきりと拒絶した。
まだ、やりたい事、研究したい事などが沢山あるのだ。家庭に入ってしまったら、その全てが出来なくなってしまう。
何より、相手も気に食わない。
自分の事を想ってくれている祖父には感謝している。
だが、今回の件だけは、受け入れる訳にはいかなかった。
「帰ってお爺様に伝えて! 私は帰らないし、結婚する気もないって!」
「お嬢様! どうかその様な事をおっしゃらずに! 大旦那様のお気持ちを汲んでください!」
「お爺様には悪いけど……帰る気はないわ!」
「お嬢様!」
結婚して、貴族の婦人として、常に屋敷に閉じ込められる。
そして、たまに開かれる宴へと連れ出されるのだ。夫の装飾品として。
そんなつまらない人生は、まっぴらごめんだった。
「スタン、あなたからも何か言ってやってっよ!」
「んー……」
スタンなら、私の考えに賛成してくれるはず。
私に協力してくれるはず。
そう思っていたのだが、
「いや、お前、帰った方がいいんじゃないか?」
その言葉に、頭がまっ白になった。
スタンは、言葉を続ける。
「お前が結婚するのも、家庭に入るのも嫌なのは分かっている。だけど、心配してくれる家族を蔑ろにしちゃダメだろ。だから、一度、家に帰って、きちんと話しをだな……おい、アリカ? 聞いてるか? アリカ?」
呼びかけるが、答えがない。
アリカは俯いており、その表情は見えない。
「アリカ? おい、どうした?」
表情を確認しようと、近付こうとした時、
「スタンのバカ!!!」
「うおっ!?」
アリカの大音声が、森の中に響く。
「私がどうなってもいいのね!? 私が邪魔なのね!? だから帰れなんて言うのね!?」
その表情は涙で濡れていた。
「いや、落ち着けよ。ちゃんと俺の話しを聞いてたか?」
「知らないわよ! スタンの話しなんて聞きたくもないわ!」
「いや、だから、落ち着いて俺の話しを聞けって」
いやいやと、幼子のように首を振り、暴れるアリカ。
「いいわよもう! お爺様の元に帰るから! スタンなんか、大っ嫌い!!」
手に持っていた荷物をスタンへと投げつけ、そのまま走り去っていくアリカ。
「お嬢様!!」
エバンス達も、アリカの事を追いかけ、この場から去って行く。
「……やっぱり面倒な事になったな」
後に残ったのは、その場に立ち尽くすスタンと、足元に散らばる荷物だけだった……
尊敬語・謙譲語・丁寧語は苦手です……