お嬢様の注文 2
酒場で飲んだ翌朝、俺は荷物を整え、トルネリの森へと向かう用意をしていた。
「ふーん……マーシャさんの頼みは、すぐに引き受けるんだぁ」
傍らには、半眼で睨んでくるアリカが居た。
「別に、マーシャの頼みだから、すぐにやる訳じゃないさ。そろそろ素材の補充をしようと思ってたし、そのついでだ」
トルネリの森には、魔物が多い。武器の素材になる様な魔物も、多数いるのである。
「それでも、私と、マーシャさんに対する扱い方が違うように思うんですけどぉ?」
同じ人間なんていないのだから、対応が違うのは当然だと思うんだがなぁ。
文句を言ってくるアリカの相手をしつつも、荷造りをし、馬車へと載せる。
「じゃあ、行ってくるわ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!? 私も行くわよ!」
「? 何で、お前まで来るんだよ?」
「それは……ほら、マーシャさんには、いつもお世話になってるし、ユムグ草が沢山採れれば、お礼に、美味しい料理が食べられるかもしれないし……」
「……食いしん坊め」
「うるっさいわね! とにかく! 私もついてくからね!」
「へいへい……」
俺とアリカは半日ほど馬車で揺られ、昼過ぎにはトルネリの森へと辿り着いた。
流石に、馬車は森の中へ入れる事が出来ないので、魔物除けの薬を撒き、入口の辺りに隠しておく事にする。
その作業中、
「……うん?」
「何よ? どうかしたの?」
「いや、何処かから見られている気がしてな」
作業を中断し、周囲を見渡す。
だが、特段おかしな所は見当たらない。
「気のせいじゃないの?」
「……そうかもしれないな」
アリカは気にしていないようだが……まぁ、俺が警戒しておけば良いか。
普段より、念入りに警戒する様、心に留め、前へと向き直る。
目の前には、太陽の光さえ遮る様な、巨大な樹木が鬱蒼と生い茂る、広大なトルネリの森。
その中は薄暗く、多種多様な魔物が存在していると言われていた。
森に入ってからも、問題はなかった。
時折、襲い掛かってくる魔物を倒し、素材に使えそうな部分は回収していく。もちろん、ユムグ草も忘れずに。
そうして、森の奥へと進んで行くのであったが、
(後方から、何人かついて来ているな)
まだ近くはないが、気配を感じる。その事をアリカに伝え、警戒を促す。
「盗賊かしら?」
「いや、この森は魔物が多くて危険だ。旅人もそうそう寄り付かない。盗賊なら、もっと安全な森に出るはずだ」
ただし、例外もいる。冒険者などを襲い、貴重な素材や道具を強奪する連中だ。
その類いの連中は、普通の盗賊よりも荒事に慣れている為、手強い。
「どうしよう……」
不安そうな声をあげるアリカ。冒険には慣れていても、こうした荒事の経験は少ないのだろう。
ここは俺ひとりで対処した方が良さそうだ。
「アリカ」
「何よ……ふぎゃ!?」
アリカに魔物除けの薬を振りかけると、一目散に駆け出す。
「お前はそこら辺に隠れていろ! 俺が戻るまで、大人しくしていろよ!」
「ちょっとスタン! 待ちなさいよ!」
騒いでいるアリカをしり目に、速度を上げる。
さて、面倒な事にならなければいいが……
森の中を駆けて行くと、前方の気配が慌ただしく動き始める。どうやら、こちらの接近に気付いたようだ。
俺は、自分の得物を確かめつつ、そのまま直進し、少し開けた場所へと出る。
(気配はこの辺りにあったはずだ)
足を止め、周囲の気配を探りだす。
が、突如四方から、風を切り裂いた何かが、こちらへと飛来する。
(ちっ! 飛び道具か!)
飛んできた脅威を、転がりながら回避し、確認する。
(ナイフ……と、フォークだと?)
ナイフも、投げナイフや殺傷目的で使われているタイプの物ではなく、食用に使用されるものだ。
(いったい何故……?)
訳も分からず混乱していると、木々の間から、いくつもの黒い影が飛び出し、襲い掛かってくる。その数は四。
そして、その姿は、
(メイドだと!? 訳が分からん!)
そう、メイドだった。
盗賊だと思ったら、メイドが飛び出してきた。
何を言ってるか、訳が分からない? 心配するな、俺も訳が分からん!
軽い現実逃避をした後、即座に頭を切り替える。戦場で呆けていたら死ぬだけだ。
(向こうは、前後左右から迫って来ている。なら、こっちは……)
即座に対応策を考え、実行する。
「風よ、我が意に従い、荒れ狂え! 風弾炸裂!」
魔術で作り出した風弾を、足元へと叩きつけた。
叩きつけられた風の塊は、その場で弾け、暴風を巻き起こす。
俺は跳躍し、風に乗る事で、暴風より逃れる事に成功する。
だが、俺を囲んでいたメイドたちは、
「「「「キャアアアアアァ!!」」」」
激しい突風に襲われ、樹木へと叩きつけられていく。
「少し手荒になったが、仕方ないか」
地面へと着地し、結果を素早く確認する。
一息つきたいところだが、まだ終わりではない。
隠れている気配が、あるのだ。
「奥に隠れている奴らも、出てきたらどうだ?」
俺の呼びかけに対し、隠れていた者たちは、樹木の間から悠然と歩み出てきた。
数は二人。豪華な服を着た、貴族風の青年と、その後ろに控える老執事が。
「女性にこんな仕打ちをするとは、野蛮だねぇ」
「……先に襲い掛かってきたのは、そっちだと思ったが?」
やれやれと首を振る貴族風の男。
今、出会ったばかりだが、コイツの事は、好きになれそうにないな。
「で、あんたらは何者だ? 何で俺たちを追っていた?」
俺の問いかけに、男は答える気がなさそうだ。人を見下した顔で、ヘラヘラと笑っている。
(よし、殴るか)
俺がそう思った時、男の脇に控えていた、老人の方が前に出てくる。
「失礼致しました。私めは、エバンスと申します。ウィルベール家に仕えている、執事でございます」
「ウィルベール家だと?」
先日、話題になったばかりの商会と、まさかこんな場所で出会うとは。世の中、何が起こるか分からないもんだ。
「じゃあ、そっちはウィルベール家の人間か?」
「いえいえ、こちらの御方は、ユリウス・ディアトリア様と申しまして、当家とお付き合いのある方でございます」
一緒にいる理由までは分からないが、どうやら別の家の貴族のようだった。
「それで? 何でここにいる? まさか、ここのユムグ草も独占しようと?」
「いえいえ、そうではございません。私どもは、お嬢様を保護しに来たのですが、そのお嬢様に纏わりつく害虫がおりましたので、排除しようとしただけでごさいます。」
「お嬢様?」
と、言うと、ユムグ草を買い占めているとかいう、ワガママお嬢様の事か。
だが、何故俺が襲われる?
「貴族のお嬢様なんて、見てないんだが?」
「おやおや、おとぼけになる気ですか?」
老人には確信があるようだ。
何だか、嫌な予感がしてきた。
まさかとは思うが、いや、そんな事はないはず……
俺が思考のループに捕らわれかけた時、
「やっと追いついたわよ、スタン!!」
アリカの声が聞こえる。大人しくしていろと言っておいたはずなのに。
そんなアリカは、俺の前にいる老人を見つけ、
「あれ? エバンスが何でいるの?」
可愛らしく首を傾げた。
……やっぱりそうか。
また、面倒な事になりそうだ……




