お嬢様の注文
俺の名前はスタン・ラグウェイ。
鍛冶屋兼、冒険者兼、名誉魔術師兼、名誉騎士だ。
……何も言わなくても、分かってる。
肩書きが、また増えているって言いたいんだろ?
アルナスの奴め、俺が嫌がるのを分かってて、わざと名誉騎士なんて称号を贈ってきたに違いない。
まったく、勇者のくせに、いい性格してやがる。
まぁ、ウジウジと思い悩んでいるよりはマシだがな。
吹っ切れたアイツの事だ。立派な勇者になる様に、努力している事だろう。
次に会う事があれば、酒でも飲みながら、そのあたりの話しを、聞いても良いかもしれないな。
さて、無駄話はこのへんにして、そろそろ営業を開始しよう。
店の扉を開け、店内へと入る。
店中には大勢の人間がおり、熱気と喧噪に包まれていた。
ここは、町に唯一ある、酒場の中だ。
時刻は既に夕刻。
店を閉めた俺は、久々に酒場へと繰り出していた。
「おっと、騎士様のご登場だぜ」
「おうおう、我が町の英雄様じゃねえか、一杯奢ってくれよ」
店内から、からかいの声が飛ぶ。
俺が、名誉騎士の称号を貰った事は、既に町中に広まっており、こうしてからかわれる事が多くなったのだ。面倒な事、この上ない。
「騎士とか英雄とか呼ぶなら、少しは敬いやがれ」
「いやいや、充分敬ってますよ~。ところで、今日はアリカちゃんは?」
「いねえよ。いつも一緒にいる訳じゃねえ」
「何だ、じゃあもう帰っていいですよ、騎士様」
「お前ら……」
この酔っ払い共が。俺はアリカのおまけじゃねえよ。
まだ、騒いでいる酔っ払い共を無視して、奥のカウンターへと向かう。
「お、今日はマスターが店にいるのか、ついてるな。適当な酒とツマミを頼むよ、マスター」
俺の注文に、カウンターの中にいる壮年の男性が、無言で頷く。
手早く、グラスやシェイカーを揃えていき、作業に取り掛かる。どうやらマスター特製のカクテルを出してくれるようだ。
髪をオールバックにし、口髭を生やしたマスターは、見事な手捌きで、シェイカーを振るう。その姿は、とても様になっていた。
目の前に、酒とツマミが出てくる。
まずは酒を一口。
「ああ、やっぱりマスターの酒は美味いな。誰かさんの酒とは大違いだ」
そうやって、マスターの酒を楽しんでいると、
「聞き捨てならないね、誰の酒が不味いって?」
後ろから、声が掛かる。
そちらを見てみると、買い物袋を抱えた女が立っていた。この店の主人であるマーシャだ。
「別にマーシャの酒が不味いとは言ってないさ。マスターの酒が美味いんだよ」
「ふん、どうだかね。マスター、留守番悪かったね。もういいわよ」
荷物を置きつつ、マスターに声を掛けるマーシャ。相変わらず、男らしい女だ。
マスターは、そんなマーシャに会釈すると、カウンターから出ていく。
「……何で、あの人が農夫なんだろうな?」
そう、彼はこの店の人間ではない。ただの農夫だ。しかし、町の人間は皆、彼の事をマスターと呼ぶ。本名は、誰も知らない。
「まぁ、人間色々あるって事さ」
マーシャも苦笑いするだけであった。
「そうそう、スタンに頼みがあるんだけどさ」
「頼み? マーシャも武器が欲しくなったのか?」
「違う違う」
俺の予想を笑顔で否定するマーシャ。俺としては武器を作りたかったのだが、どうやら、鍛冶の仕事ではない様だ。
「スタンにユムグ草を採ってきて欲しいのさ」
「ユムグ草を?」
ユムグ草とは、主に、森林地帯に生えている草であり、料理の香草などに、よく使われる草だ。この店でも、多くの料理に使われている。
「ユムグ草なら、商人から仕入れられるんじゃないのか?」
俺の質問に、マーシャは肩を竦める。
「普段なら、そうなんだけどね……スタン、ウィルベール商会って知ってるかい?」
「ウィルベール商会? そりゃ知ってるさ、この国で一番大きい商会じゃないか」
ウィルベール商会は、この国の貴族である、ハンネス・ウィルベールが商売を始め、拡大して出来たものだ。
貴族でありながら、商売を始めた変わり者として、ハンネスは有名だった。
確か、歳をとった今では現役を引退し、会長職に就いていたはずだ。
「そこの会長のお孫さん、噂だと、若い娘さんらしいんだけどね。その娘が、ユムグ草を使った料理を大層気に入ったらしくてさ。それで、ウィルベール商会がユムグ草を買い占めてるらしいんだよ」
「……わがまますぎだろ」
「たった一人の孫らしくて、会長も甘やかしているらしいよ」
それでも限度ってものがあるだろうに。頭が痛くなる話しだ。
そんな理由で、商売を邪魔されているんだ、マーシャもたまったものではないだろう。
「だから、スタンにユムグ草を採ってきて欲しいのさ。ユムグ草の採れるトルネリの森には魔物も多いしね」
トルネリの森は、町から馬車で半日ちょっとの距離にある。確かに、魔物の数も多く、マーシャが行ける様な場所ではない。誰かに頼むのも分かるのだが、
「俺は鍛冶屋だぞ。頼むなら、冒険者に依頼しろ」
「アンタは冒険者でもあるじゃないか。それに、騎士様が女性の頼みを断っていいのかい?」
「ちっ」
また騎士扱いだ。今度、アルナスには文句を言っておかないとな。
さて、マーシャの依頼をどうするかな、と考えていたら、店の入り口辺りが騒がしくなる。
「あー! やっと見つけたわよスタン!」
どうやらアリカの登場のようだ。
「お、アリカちゃーん、ご馳走するから、一緒にどうだーい?」
「ごめんね。今、忙しいから、また今度!」
酔っ払いをあしらいつつ、こっちへと来るアリカ。忙しいなら、こんな所に来るなよ。
「まったく、お店に居ないから捜したわよ。あ、マーシャさん、いつもの定食お願い!」
ちゃっかりと注文をしつつ、隣りへと座る。
「で? 何の用だ?」
「そうそう、この古文書の解読を手伝って欲しくて……」
「断る」
「もう! 少しくらい手伝ってくれてもいいじゃない!」
「武器に関係する古文書だったら、手伝ってやるよ」
「いつもそうやって断るんだから……」
不満そうに、頬を膨らませ、こちらを睨んでくる。
「ほらほら、そのへんにしな。料理が出来たよ」
まだ、文句を言いたそうにしていたアリカだが、料理が出てくると、そちらへと意識が向かう。
「やっぱり、ここの料理は美味しいわね。特に、このユムグ草の味わいが堪らないわ~」
出てきた料理を、待ってましたと食べ始めるアリカ。
その表情は、とても幸せそうで、先程までの不満は、どこかへ行ってしまったようだ。
これで、やっと静かに酒を飲めると思ったのだが、
「じゃあスタン。依頼の件、頼んだよ」
「? マーシャさん、なんの話し?」
「スタンにね、ちょっと手伝いを頼んだんだよ」
「何それ!? マーシャさんの頼みは聞くのに、私の頼みは聞かない訳!?」
またもや騒がしくなる。
やれやれ、酒くらい静かに飲ませて欲しいんだがな……