勇者の注文 5
「バカなんだから」
寝台に腰掛けている俺の包帯を巻きながら、アリカが、ブツブツと文句を言う。
今、俺は、町にある医院の中で、アリカから治療を受けていた。
俺とアルナスの殴り合いは、日付が変わる頃まで続いた、らしい。
最後の方は覚えていない。
アリカとウルシュナの話しによると、最後の方は、何がおかしかったのかは分からないが、両者とも、笑い合いながら殴りあり、同時に倒れた込んだとの事だ。
そんな俺とアルナスを、アリカ達は町の医術士(治癒の魔術を専門とした魔術師、要するに医者だ)の下へと運び込み、介抱してくれたのだった。
「ホントに、バカなんだから」
「痛つっ!? 痛えな、アリカ! もう少し優しく巻けよ!」
「私に、あれだけ心配かけたんだから、少しくらい我慢しなさい!」
「何だ? 心配してくれてたのか? そりゃ悪かったな」
「い、今のは言葉の綾よ! 誰が、あんたみたいなバカを心配なんか……」
顔を赤くし、横を向いてしまうアリカ。どうやらアリカには、悪い事をしたらしい。
「まったく……アリカ殿にはちゃんと感謝するのだな。今にも泣きそうな顔で、決闘を見守っていたのだから」
「な、泣きそうな顔なんてしてません! ウルシュナさんも変な事を言わないで下さい!」
「そうか、それはすまなかった」
アリカの抗議に、ウルシュナは謝罪するが、その顔は笑っている。
この二人は一緒に観戦や介抱しているうちに、どうやら仲良くなったようだ。
「それと、スタン・ラグウェイ」
「ん?」
ウルシュナがこちらへと向き直り、頭を下げる。
「襲いかかって、すまなかった。そして、アルナス様の件、感謝する」
「よしてくれ、俺にも責任があった話しだ。俺は、その責任を果たしたにすぎない」
実際、俺が魔王を倒さなければ、今回の騒動はなかったはずだ。
感謝される謂れはない。
そんな俺を、アリカはジト目で見詰めてくる。
「……なんだよ?」
「あんたって、ホントに捻くれてるわよね」
俺のその態度に、やれやれと首を振るアリカであった。
アリカ達と雑談していると、室内へアルナスが入ってくる。
「よう、もう治療は終わったのか?」
「はい、動く分には問題ありません」
そう微笑むアルナス。その顔には翳りがなく、憑き物が落ちたように晴れやかだった。
「どうやら、気持ちに決着が着いたようだな」
「スタンさんのおかげですよ。何も考えずに殴ったら、スッキリしました」
「そうかい、それならボロボロにされた甲斐があったな」
「あんたは……」
そうやって、おどけて見せた俺を睨むアリカ。
そんな俺たちを、穏やかに眺めていたアルナスだが、表情を改めると、決意を口にする。
「スタンさん、僕は……城に戻り次第、真実を公表しようと思います」
「スタンさんと戦って、気持ちの整理がつきました。それにやはり、僕よりもスタンさんの方が勇者に相応しいです。ですから、事実を国民に公表して……」
「ちょっと待て」
勢い込んで話すアルナスを止め、確認する。
「お前は、事実を公表した結果、どういう事になるか、分かっているのか?」
「ええ……僕は、偽勇者として罵られ、王家は信頼を失い、国は揺らぐでしょう。ですが、このまま黙っている訳にはいきません。やはり、国民に、真実を伝えるべきです」
「違う、そうじゃない。やっぱりお前は分かってないな」
「え?」
アルナスは、やはり分かっていなかった。アリカとウルシュナの方を見てみるが、この二人も分かってなさそうだ。
「いいか、アルナス。今、お前は勇者だ。そして、勇者になってから何をした?」
「何を……とは?」
「お偉い貴族たちに挨拶をしたり、優雅な式典に参加したりしたんじゃないのか?」
「それはまぁ……しましたが」
ここまで言っても、まだ俺が言いたい事が分からないらしい。
「つまり! 俺が勇者だ! なんて言われたら、俺が代わりに、式典に参加しなくちゃならなくなる。そんな面倒な事は御免だ。そんな暇があれば、素材集めに行くぞ俺は」
俺の言葉に、アルナスとウルシュナは唖然としていた。
傍らにいたアリカだけは
(あ、ダメだコイツ。気遣いとか、そういうのじゃなく、ホンキで言ってるわ……)
凄く呆れた顔でこちらを見ていた。
「やはりダメです! 事実を隠したままでは!」
驚きから立ち直ったアルナスは、まだ食い下がってくる。しつこいなコイツ。
「お前、俺に迷惑をかけたくないんだろ? 公表された方が迷惑だ」
「ですが! 僕は、勇者に相応しくは……」
「だったら、相応しい人間になれ」
「……え?」
驚き、固まったアルナスに構わず、話しを続ける。
「魔王を倒したとはいえ、魔物がいなくなった訳じゃない。国中を巡り、被害に遭っている人間を助けるのもいいだろう。それに……他国に行けば、他の魔王がいるかもしれない」
そう、魔王とは一人でも、この国だけのものでもない。
魔物がいる所に、魔王は常に現れるのだ。
「いいか? お前は、自分が勇者に相応しくないと思っているかもしれない。だったら努力しろ。常に心掛け、高みを目指せ。そうすれば、俺なんかより立派な勇者になれるさ」
俺の言葉を黙って聞いていたアルナスは、悩む素振りを見せたが、やがて、心を決めたらしい
「はい!」
その表情には決意が漲っていた。
決闘を行った日から数日、怪我が癒えたアルナスとウルシュナは、王都へと帰る事にした。
「お世話になりました」
俺とアルナスは握手を交わす。
「ああ、俺に手間を掛けさせたんだ。しっかりやれよ」
その言葉に苦笑するアルナスとウルシュナ。
「このお詫びは、陛下にお話しして、後日、必ず」
「別にいらないさ。金銀財宝に興味はないし、地位や名誉も御免だ。これ以上、肩書きなんか増やしたくないしな」
「そうですか。ですが、受け取って貰わないと困ります。我々の気持ちも汲んでください」
「分かった分かった。じゃあ適当に頼む」
「はい、スタンさんに相応しいものを、御用意しますよ」
ニコリと笑うアルナス。何故かその笑みに邪悪なものを感じたのだが・・・気のせいだろうか?
「では、お元気で」
その言葉を最後に、アルナスとウルシュナは去っていった。
後日、王都から、俺宛てに褒賞が届いた。
それは、勇者を助けた者としての名誉と、
その働きに報い、名誉騎士に任じる、というものであった。
……俺、肩書きいらないって言ったよな?
~勇者の注文・了~




