勇者の注文 3
(この人は……凄い!)
アルナスは、剣を打ち合わせる相手を、そう評価する。
既に、満身創痍であり、先程までの疾さはない。
こちらの攻撃が当たれば、即座に倒れる事だろう。
事実、避けた拍子に、無様に倒れる事すらある。
だが、その一撃は、先程よりも重く、
こちらの攻撃は、紙一重で、当たらず、
何度、倒れても起き上ってくる。
アルナスは、そんな彼の姿に畏怖し、同時に思う。
(僕にも、この人のような強さがあったなら……!!)
「あんなにボロボロになっているのに……もう止めた方がいいんじゃないの!?」
スタンの姿に、狼狽えるアリカ。その瞳には、涙が浮かんでいる。
「どうして、あんなになってまで……」
「もしかしたら、アルナス様の為かもしれない」
「え?」
ウルシュナの言葉の意味が、アリカには分からなかった。
「あの男が戦っている理由だ」
そんなアリカに、ウルシュナが説明する。
「アルナス様は、勇者だと称える皆に、笑顔で応えていた。だが、お一人になられた時などには、お辛そうな顔をなされていた。多分、苦悩なされていたのだと思う」
アルナスを見つめながら、ウルシュナは続ける。
「真実を黙っている事。あの男に迷惑をかけた事。何より、魔王を倒せなかった事。その全てが、アルナス様にとって、重荷になっていたのだろうな……」
スタンに気圧されながらも、アルナスは今までの事を思い出す。
幼き頃に亡くなった父は、立派だったそうだ。
王でありながら、剣を手に取り、常に魔物との戦いの先頭に立ち、皆を守っていたと。
自分も、そんな父のようになりたくて、子供の頃から剣術の修行に明け暮れた。
そして、数年後には国で一番の剣士となっていた。
どのような魔物も恐くはないと、思っていた。
そんなある時、突如、この国に魔王が現れる。
多くの勇気ある者達が、魔王討伐へと挑んだ。
その中には、高名な旅の老剣士や、凄腕と名高い冒険者など、歴戦の勇士達もいた。
だが、その全てが、帰らぬ者となった。
その話しを聞き、アルナスは不安を募らせてしまった。
彼らでも、歯が立たなかったのに、自分のような未熟者が、魔王に勝てるのであろうか、と。
不安は、いつしか恐怖となり、アルナスから自信を失わせた。
そんな時、ある噂を聞く、暗黒龍の牙で作った剣でなら、魔王を倒す事が出来るのではないのか? という途方もない噂だ。
そもそも、現在、確認できている暗黒龍は、魔王城にいる一匹のみだ。他で見たという情報はなかった。
だが、アルナスは、その噂に縋った。
その剣があれば、失った自信を取り戻し、魔王を倒すことができるはずだと。
そして、剣を探し求め、国中を歩いたところ、
ある鍛冶屋と出会った。
(あの時の僕に、あなたのような強さが……あなたのような覚悟があれば……!)
その鍛冶屋は、武器が見つからず、失望していた僕を呼び止めた。
そして、必死になって、こちらの求めている物を聞いてきた。
だから、彼の熱意に押され、求めている剣を教えてしまったのだ。
半分、諦めていたし、無理だとも思っていた。
到底、町の鍛冶屋が手に入れられる物ではないし、彼もすぐに諦めると思っていた。
だが、それは違った。
彼は、何度も何度も暗黒龍に挑んだらしい。
何回も、ボロボロになったそうだ。
瀕死の重傷を負ったとも言っていた。
それでも彼は、諦めず、食い下がり、遂には魔王までも倒してしまった。
アルナスは思う。
自分は勇者などではない、本当の勇者は、彼のような人間だと。
だが、それを国民に言う事はできない。そんな事をすれば、国が混乱すると、王に止められたから。
それを言い訳にしてしまった。自分に、本当の事を話す勇気がなかったから。
そんな自分が、国民たちから、勇者だと褒め称えられる。
まるで道化のようだ。
彼への申し訳なさと、自分への怒り。そして、魔王討伐へと行けなかった悔恨が、胸の中に澱む。
彼には悪いと思っている。名声を奪った上、このような戦いに付きあわせて。
魔王を倒した彼に、恨みはない。悪いのは、勇気がなかった自分なのだから。
今の境遇になったのも、自分のせいだ。その事も納得している。
だが、考えずにはいられない。
もしも、あの時、僕が勇気を出し、魔王を倒しにいっていたら、違った結末になっていたのではないのかと。
今更、考えたところで意味はない。既に結果は出ているのだから。
彼に勝ったところで、何も変わりはしない。
だが、
それでも、
「このままでは、僕は一歩も、先へ進めないんだ!!!」