勇者の注文 2
もう日も暮れ、辺りが暗くなり始めた頃、
俺は、アルナスと対峙していた。
「僕と決闘をしてもらえませんか?」
そう言った後、アルナスは事情を説明した。
「僕がスタンさんに勝てば、魔王を倒した者よりも強いという事で、王家の最低限の面子は保たれますし、逆に、僕が負ければ、この国に、スタンさんより強い者はいないという事になります。強硬派も慎重になるでしょう。どちらにしても、スタンさんには迷惑が掛からなくなるはずです」
そこまで上手く行くか疑問だったし、何より、アルナスと戦うこと自体が迷惑だったので、断ろうかと思った。
だが、
アルナスの目を見て、気が変わった。
アルナスの目には、別の意志が、決意が見て取れた。
だから、俺は引き受けたのだ。
話しが決まった後、俺達四人は、町はずれの草原へと移動した。
そして、俺とアルナスは、アリカとウルシュナから離れ、お互いへと向き合う。
「スタンさんの武器は、それでいいんですか?」
剣の握りを確かめつつ、こちらへと声を掛けてくるアルナス。
アルナスの武器は、もちろん俺が作った、暗黒龍の牙の剣だ。
「まあな、それに対抗できるのは、これぐらいだしな」
俺は、肩を回したり、屈伸したりして、身体の調子を確かめる。
俺が持つのは、アルナスの剣と同じく、暗黒龍の牙で作った短剣だ。
リーチの差は痛いが、まぁ、やり方次第で何とかなるか。
「何でしたら、他の剣での勝負でも……」
「全力でやらなきゃ、納得しないだろ? 国のお偉いさん方は」
そして、お前自身も。
俺は、短剣を逆手に持ち、構える。準備は終わりだとばかりに。
その姿を見て、アルナスも、剣を構える。
その瞬間、周囲の空気が変わった。
やはり、勇者と呼ばれるだけはある。恐ろしいまでの圧力だ。
「では……行きます!!」
掛け声と共に、アルナスは駆け出してくる。小細工などない。真っ直ぐな突撃だ。
同時に、俺も前へと出る。相手の勢いのままに、攻撃を受けるのは愚の骨頂だ。それに、こちらの武器は短剣。アルナスの剣よりも内側の間合いに入らなければ話しにならない。
眼前に迫ったアルナスが、剣を繰り出す。俺を間合いへ入れる気はないようだ。
迫りくる剣を弾きつつ、こちらも反撃を繰り出す。
この間合いでは、まだ、アルナスの身体には届かない。
故に、狙うのはアルナスの腕や脚だ。
別に、一撃で仕留める必要はない。相手に少しずつ手傷を負わせ、動きを鈍らせていけばいい。
それに、短剣の利点は軽さと小回り。つまりは疾さだ。
(手数で押し切る!)
俺は縦横無尽に短剣を操り、疾風の如く攻めたてる。
だが、アルナスは冷静に、そして悠然と、その攻撃を防ぎきる。
「おいおい、長剣でこの速度に付いてくるとか、マジかよ」
もはや、笑うしかない。
(速度でダメなら……!)
即座に戦術を切り替え、全身に力を入れ、渾身の一撃を叩き込む。しかし、短剣では、やはり軽い。
その一撃は、アルナスが構えた剣に防がれてしまう。が、
(ここだ!)
アルナスが防御に身を固めた瞬間、間合いを詰め、俺は、左の拳をアルナスのわき腹へと放つ!
拳打を受けたアルナスは、後方へと吹っ飛ぶが、その傷は浅い。
咄嗟に自ら後方へと飛び、威力を殺したようだ。
「拳は反則じゃないですか?」
少しはダメージが入ったのだろう、多少、鈍い笑顔のアルナス。
「全力だって言ったろ? お前が相手だ。あらゆる手を使わないとな」
「それは……光栄ですね!」
息を整えたアルナスが、再びこちらへと迫る。
そして、先程のお返しとばかりに強烈な一撃を放つ!
(これは……躱しきれないか!)
アルナスの横薙ぎの一撃に、何とか短剣を盾にし、身を守る。
気勢を逸らし、捌こうとするが、無理そうだ。
勢いを殺しきれずに、後方へと、飛ばされる。
今度はこちらが吹き飛ばされる番のようだ。
空中で体勢を整え、片膝をついて、地面へと着地する。
そこへ、
「雷よ、我が敵に降りそそげ! 雷撃!!」
「なっ!?」
雷の雨が降りそそいだ。
「ちょっとちょっと!? 魔術まで使い始めたわよ!? 流石にやりすぎじゃないの!?」
その光景を、アリカとウルシュナは離れた場所から見守っていた。
スタンのいた場所に、雷の雨が降りそそぎ、土煙を蔓延させる。
「アルナス様の事だから、殺すような事はないと思うが……」
アリカの問いに、ウルシュナは自信がなさそうに答える。
(あの状態で、私が雷の魔術を受けたとしたら、ただでは済まないだろう……)
さっきまでの戦いぶりを見て、スタンが只者ではない事は分かった。だが、今の攻撃を受けては、流石に半死半生だろう。
「それにしても、どうしてこんな事に……決闘を言いだしたアルナス様もそうだけど、スタンもスタンよ。こんな決闘を了承するなんて……」
スタンの性格であれば、武器作りとは関係ない事に、進んで関わる事はない。
歴史に名を残すような魔術の研究もしなければ、莫大な懸賞金が掛かった魔物の討伐も興味がない。
今回の決闘にしても、面倒だと言って、断っても良さそうなものなのだ。
それを引き受けたのが、アリカには不思議だった。
雷が鳴り止み、土煙が晴れた頃、スタンの姿が現れる。
無傷、とはいかない。
衣服のあちこちが破け、身体の至るところに、傷が見える。
だが、その表情に翳りはなかった。
「あの魔術を防ぎますか……」
その姿にアルナスは驚嘆する。
「お前……魔術は反則じゃないのか?」
「スタンさんが言ったんじゃないですか、全力でって」
「確かに。そうだったな」
その言葉に苦笑する。
魔術を完璧に防げた訳ではない。
身体はボロボロで、全身が悲鳴をあげている。
もう横になって休みたいところだ。
だが、身体はまだ動く。
それに、ここで止めてしまっては、あいつに申し訳が立たない。
「キッチリと決着をつけてやらないとな」
その言葉と共に、俺は再び走り出した