勇者の注文
「あらためて、自己紹介させてもらいますね。アルナス・ローデンベルクです。そして彼女の名は、ウルシュナです」
名乗りつつ、勇者アルナスは、軽く頭を下げる。
アルナスとアリカが現れたあと、俺達は散らかった店内を片付け、今回の件の説明を聞く事にした。
「ローデンベルク? おい、それって確か……」
「はい。僕は、王家に連なる人間です」
照れくさそうに笑うアルナス。
「アルナス様は、先王の御子息なのよ」
と、アリカが追加情報を教えてくれる。
今現在、この国を治めている王の名は確か、ディミトラ・ローデンベルクだ。
先王の弟で、十数年前に、先王が事故死した為、王位を継いだと言う話を、聞いた事がある。
そこでちょっと、疑問に思う。
「先王は暗殺でもされたのか?」
「貴様!!」
俺の疑問に、アルナスの傍らに控えていたウルシュナが激昂する。
ちなみに、今、俺たちは応接用の椅子に座り、向かい合って話しをしているのだが、ウルシュナだけは椅子に座らず、アルナスの斜め後ろで、跪いていた。
アルナスへの遠慮なのか、店を壊した反省なのかは分からないが、本人がそうしたいらしいので、放っておいた。
「だってな、兄が死んで、その座が弟へと転がり込んだんだ。普通に考えれば暗殺されたと思うだろ?」
この言葉にアルナスは苦笑いする。
「いえ、陛下はそんな方ではありませんよ。むしろ、父の忘れ形見である僕を、可愛がってくれていますし」
「そうか、疑って悪かったな」
別に、疑問に思ったから聞いただけなので、それ以上深く聞く必要はない。
はっきり言ってしまえば、王族がどうなろうと、俺にはあんまり関係ないからな。
「それで、何で俺は、命を狙われたんだ?」
ここからが本題だ。
俺が狙われた理由を聞き、それに対処を、具体的に言えば、二度と狙ってこないように、キッチリと潰さないとな。
「クックック……」
「スタン……何だか、凄く悪い笑い声が、漏れてるんだけど……」
俺の笑い声に、アリカがちょっと引いている。
どうやら殺る気が溢れ出てしまったようだ。少し抑えねば。
そんな俺達にも動じず、アルナスは話を続ける。
「実は……今回の件は、僕のせいなのです」
アルナスの説明によると、こうだ。
魔王が倒れたあと、アルナスは城へと戻り、王にすべてを話した。
自分が魔王を倒したのではなく、別の者が倒したのだと。勇者は自分ではないと。
しかし、すでにアルナスが魔王を倒したという噂は、国中へと広がっており、事実は違うと、言えるような雰囲気ではなくなっていた。
アルナスは、一般人ではない。王家に連なる者だ。
そんな人間が、魔王討伐の手柄を奪ったなどと言う噂が流れれば、それこそ王家への信頼は揺らぎ、国を揺るがす大事件となってしまう。
そこで、表向きには、アルナスを勇者として称え、国民へと発表した。
その裏で国王は、信頼できる重臣たちを集め、協議した。
魔王を本当に倒した者。つまり俺を、どうするべきか、と。
懐柔し、黙らせておくのか、それとも、暗殺して、口を封じてしまうのか。
協議は荒れたそうだ。
王家の威厳を守る為、禍根を残す訳にはいかないと言う強硬派と、
王家の体面の為に、本当の英雄を殺すのは、信義に悖ると言う穏健派とで。
そうして意見が割れる中、先走った強硬派の一部が、ウルシュナを送ってきたとの事だった。
「ちょっと待って」
アルナスの話しを聞き終えたアリカが、今の話しを整理しようと、額に手を当てつつ、確認する。
「つまり、魔王を倒したのは、アルナス様じゃなくて、本当にスタンなの?」
「ああ、そうだ」
「そうですね」
俺とアルナスが肯定する。
すると、アリカは下を向き、震えだしたあと、
「あ・ん・た・は! どうしてそう言う事を黙っているのよーーーーーー!!」
爆発した。椅子から勢いよく立ち上がり、捲くし立ててくる。
「魔王を倒したのよ? 勇者よ? 英雄よ? 何で、その事を黙っているのよ!?」
「そりゃ、欲しかったのは暗黒龍の牙だけだったからな。 魔王が部屋から出てこなかったら、そのまま無視して、帰ってたし……」
「名誉とかは!? 魔王を倒したのなら、この国の歴史に、名前を残せるのに!?」
「いや、興味ないから」
「……そうだった。あんたはそう言う奴だった……」
ひと通り叫んで落ち着いたのか、アリカはげんなりとした表情で、椅子へと腰をおろす。
その光景を、アルナスは面白そうに眺め、ウルシュナは目を丸くして、見詰めていた。
「申し訳ありませんでした。僕が、もっと早く陛下に話していれば……いや、僕が早く、魔王を倒していれば……」
アルナスは、深く頭を下げる。謝罪の意を表して。その顔には、深い悔恨が刻まれていた。
「アルナス様! アルナス様のせいではありません! 私が勝手にやったことです! 私が悪いのです!!」
アルナスへと訴えるウルシュナ。その姿からは、ウルシュナの自責の念が伺える。
「それで? ウルシュナを送ってきた強硬派は分かってるんだろ? 教えてもらえないか? ちょっと、お礼参りに行くから」
そんな二人に、おどけた様子で話しかける。これ以上、室内の空気を暗くされてはたまらない。
それに、今後も狙われるというなら、面倒な事になる。向こうが禍根を残したくないと言うならば、その意見通りにしてやろう。
消されるのは、俺じゃないけどな。
「いえ、その必要はありません」
そう意気込んでいた俺に、苦笑いしつつ、待ったを掛けるアルナス。
「すでに、ウルシュナを送った者、及び、その一派は捕えられ、陛下が罰しています」
どうやら陛下は穏健派のようだ。
ありがたい。さすがに一国を相手にするのは骨が折れる。できれば避けたいところだった。
「ですが今回、スタンさんに迷惑をかけたのは事実です。そのお詫びは、しっかりとさせて頂きます」
そうアルナスが言うと、ウルシュナが申し訳なさそうに、小さくなる。
「詫びって言うのなら、壊した店の修理代が欲しいね。それこそ店を建て直せるくらい、たんまりと」
「貴様!」
「あんたねぇ……」
俺の悪ぶった言い方に、ウルシュナは怒り、アリカは呆れたような顔になる。
こうやってふてぶてしくしていた方が、ウルシュナの罪の意識も、少しは薄れるだろう。
そんな俺の内心が分かっているのか、アルナスだけはニコニコしている。
「ええ、もちろん。お詫びとは別に、お店の弁償はさせてもらいます」
そして、アルナスは続ける。
「ただその前に、僕のお願いを聞いてもらえませんか?」
「お願い?」
この言葉には、俺だけでなく、アリカやウルシュナまでもが首を捻る。
そんな俺に、アルナスは告げてくる。
「スタンさん、僕と決闘してもらえませんか?」




