暗殺者の注文
俺の名前はスタン・ラグウェイ。
鍛冶屋兼、冒険者兼、名誉魔術師だ。
また肩書きが増えてるって? ああ、そうさ……。
無事、古代魔術を再現したアリカは、その事を魔術協会へと報告した。
その時、黙っていれば良いものを、古文書を解読したのは俺だって事をバラしやがった。
そして、俺のところに勧誘の使者が来た。魔術師として、魔術協会に入ってくれと。
もちろん、断ったさ。
俺はあくまで鍛冶屋だ。魔術師になる気はない。
だが、魔術協会も引き下がらなかった。
一通りの魔術が使える上、古代魔術を解読した俺が、魔術師でないとなると、魔術協会の面目が、立たないそうだ。
だから、協議の末、名誉魔術師という名前だけの役職をくれたそうだ。
まったく、ありがたい話しだな……
さて、無駄話は終わりにして、そろそろ店を開けるとしようか。
その日、店の扉を開け、中へと入ってきたのは、全身をマントで覆い、フードで顔を隠した人間だった。
「……ここは、スタン・ラグウェイさんのお店ですか?」
「そうだけど、あんたは?」
声から察するに、若い女のようだ。
たまに、お忍びの貴族とかが、似たような格好で来る事もあるが、その類いのようには、見えない。
「実は、欲しいものがあるのですが……」
と、話し出すのだが、女の声は小さく、ボソボソと話すので、聞き取り難かった。
俺は、しっかりと用件を聞く為に、女へと近付いて行く。
「それで、何が欲しいって?」
声を聞き洩らさないよう、顔を近付けて行ったのだが、
次の瞬間、女は懐からナイフを取り出し、その手を閃かせるのであった。
狙いは、俺の首。
喉を掻っ切ろうと、ナイフが迫る。
だが、
「甘えよ、殺気が隠し切れてないぜ?」
俺は、即座にその場にしゃがみ込み、逆に、相手の脚を払う。
しかし、向こうもなかなかやる。
後方へと宙返りし、その蹴りを躱す。
「チッ!」
奇襲に失敗し、苛ただしげに、舌打ちをする女。
そして、お互いに体勢を整える。
「欲しいのは、俺の命ってやつか?」
軽口を叩きながら、相手を観察する。
今の動きでフードが脱げ、相手の顔が露わになった。
青みがかったショートカットの髪。鼻筋は整っており、美しいのだが、その顔は、静かな戦意で満ちている。さながら、女豹のようだ。
手にしている武器は二本のナイフ。その身のこなしからして、それなりに腕の立つ暗殺者だろう。
「誰かに恨まれるような事は、してないはずなんだけどな?」
そう言いつつ、俺は色々と思い出してみた。
素材を横取りしようとした冒険者達を、全員病院送りにした事。
俺の武器を馬鹿にした貴族を、裸にして簀巻きにした事。
貴重な素材を手に入れるべく、闇オークションを潰した事。etc
……うん、やはり、誰かに恨まれるような事はしてないよな。
そう結論付けた俺に、
「お前に恨みがなくとも、殺す理由があるのさ」
女が答える。
「わざわざ答えてくれるとは、律儀な事だ。本当に暗殺者か?」
相手を挑発しつつも、俺は、摺り足で、壁の方へと移動する。
気付かれぬよう、少しずつ、ゆっくりと。
そして、機を見て、一気に横へと跳ねる。
その先にあるのは、店内に飾られている剣。
それを手にしようとした瞬間、
「クソッ!」
ナイフが飛来し、剣を弾き飛ばす。
「覚悟!!」
声と共に、女が飛び込んでくる。
左手にナイフを構え、その勢いのまま、俺の胸に突き立てようとする。
その姿を、俺は冷静に見すえる。
そして、ナイフがこちらへと伸びてきた瞬間、
爆ぜるように動く。
相手の左手を右手で掴み、そのまま自分の体を半回転させ、相手の側面へと回り込み、そのまま、左の肘を相手の首筋へと叩き込む。
女は、勢いのまま前方へと転がっていき、受付台へとぶつかり、動かなくなる。
「剣を弾いて油断したな? 悪いが、俺は素手でも少しはやれるんだよ」
とは言え、あまり率先してやりたくはない。あくまで、奥の手だ。
「さて……っと?」
気絶させた女を拘束しに近付こうとしたが、向こうはヨロヨロと起き上ってくる。
「とっさに打点をずらしていたか」
どうやら、首を僅かに動かし、衝撃を逃がしていたようだ。想像以上に手ごわい相手だ。
女は落としたナイフを拾い、再び構える。
俺も拳を構え、再度、激突しようした、その時、
「そこまでです!」
入口の方から、制止の声が掛かる。
見てみると、入口には、いつの間にか男が立っていた。
「ア、アルナス様!」
女が、その姿を見て、驚きの声を上げる。
アルナス? どっかで聞いたような名前だな?
その名前が頭の片隅に引っ掛かり、思い出そうとするが、出てこない。
その間にも、男はこちらへと近付き、
「お久しぶりです」
と、声を掛けてくる。
その顔には見覚えがあり、やはりどこかで会ったはずなのだが、思い出せない。
俺が、首を捻っていると、
「スターン。遊びに来たわよ……って、何これ!? 何でこんなに散らかってるの!?」
今度は騒がしい声が入口から聞こえてくる。こんな騒がしい奴は、俺の知り合いには一人しかいない。
アリカは、おっかなびっくり入ってくると、店内にいる人間を見回す。そして、男のところで視線を止め、
「え? え? 何で勇者様がここにいるの?」
そうだ、思い出した。この男は、前に剣を作ってやった、あの勇者だった。




