絶対に渡してたまるか。
『現実は、所詮こんなもの』、『副隊長は隊長を愛しすぎている』、『エル姉が幸せだと私は嬉しい』、『魔法が解けた。そして、私は』の続き。バルside。
俺がエラルカさんをはじめて見たのは、父上に連れられて見に行った白翼騎士団と黒翼騎士団の演習だった。
15才になったら、騎士団に入る事は決められていた。なぜかって、俺の家――トリスタ家は騎士の一族だったから。貴族から騎士になる者は実力のないものが多かったけど、トリスタ家は実力のある貴族の騎士として有名だった。
貴族の騎士は基本的に白翼騎士団に入るものだけれども、父上は白翼騎士団でも、黒翼騎士団でもどちらでも構わないといっていた。それで見学にきた。
演習の中で、エラルカさんを見た。
俺と同じ位の年でありながら、圧倒的な強さを持っていた女の子。戦う姿は、何処までも洗練されていて、普段の姿はただの村娘にしか見えないほど地味なのに、一度剣をもった姿を見ればその印象は覆される。
――綺麗だと思った。
――あの人の傍にいたいと思った。
思えば、それは一目惚れだったのだと思う。
「父上、あの人は誰ですか」
「ああ、あの子か。あの子は去年入隊したばかりの平民の娘で、エラルカという。将来有望だという噂だぞ?」
俺がじーっとエラルカさんばかりを見ていた事に気づいた父上は、それはもう楽しそうに笑っていた。
エラルカ。エラルカさん。
目に焼き付いた姿と、心に刻まれた名前。
「父上、俺黒翼騎士団に入りたい」
「おう、いいぞ」
父上はそういって俺の頭を思いっきり撫でた。14歳にもなった息子の頭を撫でるなと思いっきり手を叩いた。
――父上は俺がエラルカさんに目が釘付けだったのが、面白くて仕方がなかったようだ。しかもその話が兄上や母上にまで伝わっていたしばらくからかわれる事になったのは嫌な思い出だ。
15才になって黒翼騎士団に入団した。俺はエラルカさんの近くにいたくて、いつも傍に居た。
エラルカさんは良い意味で想像と違った。戦う姿だけ見れば、その性格もかっこいい、人を近づけさせない女性に見える。でも実際のエラルカさんはとても可愛い人だった。
可愛いものが大好きで、甘い物を食べるとそれはもう可愛い笑顔を浮かべて。
お姫様とかに憧れて、幼い少女の読むような絵本を宝物として持っていて。
あんなに強いのに、暗い所が苦手だったりして。
そしてエラルカさんは心を許してくれたのか、しばらくすれば俺を可愛がってくれるようになった。その時生まれてはじめて自分の幼い顔立ちに感謝した。
黒翼騎士団の後輩で、童顔の俺にエラルカさんは構ってくれた。
かっこよくて、凛々しくて、強い。
可愛くて、優しくて、夢見がち。
対照的な二つの性格をエラルカさんは持ち合わせていて、そんなエラルカさんに俺はすっかり夢中だった。
エラルカさんを誰にも渡したくないって思った。エラルカさんの傍にずっと一緒にいたいと思った。
でも、エラルカさんが初恋を引きずっている事を知ったから俺は告白しなかった。
エラルカさんは、初恋の人が、自分を迎えに来てくれると行った人が別の人と結婚していて、それを見て酷く傷ついているようだった。
俺はロウト・バレッドがエラルカさんとエルナという女性を勘違いしているのを知っていた。だけど、言わなかった。
いって、エラルカさんが奴と結婚したりするのが嫌だった。エラルカさんのためを思うなら、奴にそれは違う女だというべきだったのかもしれない。――でも俺はエラルカさんを誰にも渡したくないってそんな醜い思いからそんな事しなかった。俺も奴も貴族だったから、それをいう機会は何度もあった。
最初はそれに後ろめたい気持ちもあったけど、後々開き直った。
第一間違えた奴が悪いし、俺はどうしてもエラルカさんを他の人になんて渡したくなかったんだから。
俺は一緒に過ごせば過ごすほど、エラルカさんにはまっていった。だからエラルカさんの周りの男を勝手に排除したりもしていた。告白は……、エラルカさんが完全にロウト・バレッドへの思いを振り切ってからにしたかった。
そして、俺はエラルカさんが「あー…何処かに私を愛してくれる人いないかな」って言葉を聞いて突撃した。
それから半年かけてエラルカさんを落として、交際生活が始まった。
付き合いだしてからのエラルカさんは、それはもう可愛かった。ちょっとキスをしただけで赤面していて。それは初恋を引きずっていたために人と恋愛してこなかったせいだろう。
さっさと俺はエラルカさんと結婚したかった。ロウト・バレッドがエラルカさんに気づいて奪われるんじゃないかって不安だったのかもしれない。だってエラルカさんは驚く程一途で、十年近くずっと奴の事を思ってた。
だから、不安だったのだと思う。情けない事だろうけれども、結婚っていう枷を作ればエラルカさんは俺の傍からいなくならないでいてくれるんじゃないかってそう想像できたから。
貴族の俺と平民のエラルカさんだけれども、俺の家は騎士の家系だけあって強い女性は大歓迎だった。そもそも家族は俺がエラルカさんを大好きな事を知っているし、俺は次男で幸いにも家を継ぐわけでもないから親戚連中も反対なんてしてなかったから何も問題なかった。
エラルカさんが好むようなシュチュエーションを一生懸命考えて、プロポーズをしたら、エラルカさんは頷いてくれた。
そして、俺とエラルカさんは結婚した。結婚式とかに憧れていたエラルカさんの結婚式での様子は可愛すぎた。
黒翼騎士団の訓練所の近くに家を買った。俺もエラルカさんも六番隊の副隊長と隊長って事で金だけはあったし、そこそこでかい家を買った。
幸せだった。
目を覚めて真っ先にエラルカさんが居る事。
エラルカさんが俺に向かって笑いかけてくれること。
全てが全て、幸せだった。
―――エラルカさんと結婚して数ヶ月ほどたった頃、ロウト・バレッドとエルナが離婚した事を知った。エルナが「エル」ではないと気づいたかららしい。
記憶を思い出し、不安定なエルナをロウトは直ぐに隔離したという。そして離婚の手続きを進めていると。それでエルナは平民へと戻ろうとしているのだという話。
四年近く一緒に過ごしたという噂なのに、なんて薄い関係なのだろう。まぁ、ロウト・バレッドが記憶を思い出して不安定なエルナをどうでもいいという風に扱ったせいもあってエルナのほうは冷めた部分もあるようだが。
俺はそれを聞いた時、エラルカさんが取られてしまうのではないかと不安に駆られた。
だからエラルカさんに進んでロウト・バレッドの事を言わなかった。嫌だったからだ。不安だったからだ。
「ねぇ……。バル。結婚したんだし、その、私の事呼び捨てでいいよ?」
なんて可愛くいってくれるエラルカさんを絶対に渡したくなかった。
俺が「エラルカ」って呼び捨てにすると、それはもう嬉しそうに笑ったエラルカ。
結婚相手とかには名前で呼び捨てにされたかったらしい。可愛い、エラルカ。
エラルカを抱きしめて、絶対に渡してやるかと俺は決意する。
――絶対に渡してたまるか。
(可愛いエラルカ。絶対に渡したくない。今更気づいても遅いんだ。俺はエラルカを手放したくない)
次も書くと思うけれど誰sideにするか決めてません。