ダンスへの誘い
「なんだ、アンナだったの……」
「おはよう、ジュリア。昨日はどうしたの?」
アンナが白い歯を見せて笑う。柔らかそうなセミロングの金髪を指先でいじっている。
「昨日はちょっと寝過ごしちゃって」
「ふーん。ね、朝ご飯食べにいこうよ」
「そうね」
と言って、ベッドから降りた。いすの背もたれに引っ掛けてあった、シャツとズボンを適当に着る。なんだか気だるい。
「アンナは何着るの? 私の部屋にアンナの服は置いてないわよ?」
「アンナ、このままでいいよ。お部屋までもどるの、大変だもん」
薄いナイトドレスを指差した。
「寒くない?」
「大丈夫! アンナ平気だもん」
アンナはベッドから飛び降りると、部屋の中をくるくる走り回った。ジュリアが着替え終わったのを見て、アンナはカーテンを開けた。
「あっ!」
「何これ、この足跡……」
外から入ってくる光で、初めて気がついた。
部屋のカーペットの至る所に、泥のついた靴で歩いた跡がある。同じ所を行ったり来たりしているようだし、すれたりカーペットに滲んでいて、足の大きさも分からない。
「アンナ、アンナが来た時に、この足跡はあった?」
「ううん。なかったよ」
「そう。ありがとう。後で掃除しなきゃ」
掃除道具くらい、あるわよね。
ジュリアはアンナと手をつないで、食堂へと向かった。
「ジュリア、今日の午後、ダンスの練習につきあってもらえるかい?」
ジュリアはフォークからスクランブルエッグを落としてしまった。
「ダンス? あぁ、あの、舞踏会の?」
「ああ。シルヴィアの体調が一向に良くならなくてね」
アルベルトは残念そうにフォークを置いた。
「もし迷惑じゃなければ、テンポの速い曲の練習したいんだ」
「でも、私そんなにうまくないし……」
ジュリアはほほが引きつった気がした。アルベルトは背が高いけれど、ジュリアとでは背が釣り合わない。
「教えてくれって言う訳じゃない。体を慣らしておきたいんだ。1、2曲でいいから」
「分かったわ。少しだけなら」
「ありがとう」
アルベルトが白い歯を見せて笑った。奇麗な歯だ。
「じゃあ、今日の午後4時に、北の大広間で待ってるよ」
アンナのお誘いを断って、ジュリアは部屋に戻った。正直、ダンスの練習は気が重いから、行く前に休みたかった。なのに、ジュリアの部屋にはシーズがいた。
「アルベルトとダンスの練習? へえ、もうそんなに仲が良いんだな」
「うるさいわね、出てってよ。ダンスなんて、気が重いのよ。私、休みたいの」
ジュリアはどさっとソファーに倒れ込んだ。
ダンスなんて、練習以外で踊ったのはいつ?
舞踏会なんて、ここ3、4シーズン連続欠席よ。なまっていること確実なのに……。
「アルベルトの奴、何者だと思う?」
「知らないわ。この城に住んでる私の親戚でしょう」
シーズは面白くないといった表情で近づいた。腰にはナタがぶら下がっている。
「違う。俺は親切だから教えてやるけど、アルベルトは普通の人間じゃない」
「そうね、ちょっと古風よね。格好とか」
「アルベルトと踊るなら短調の曲はやめておけよ」
「ふーん」
「……お前な、」
「はいはい。ご忠告ありがとう。私、休みたいのよ。さっさと出てって」
ほとんど話を聞いていないジュリアに、シーズはむっとした様子で鼻の下をこすると、一層不機嫌な表情で出口へと向かった。そして出て行いきざまに、無理矢理口の端を上げたいびつな笑顔で、ジュリアに向かって叫んだ。
「まったく! これだから世間知らずのオジョーサマは!」
「うるさいっ!」
ジュリアが投げつけたクッションは、扉の手前で力なく床に落下した。