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Julia  作者: 朔立花
第2章
8/13

守れよ、乙女

 額を額で押さえられた。頭突きもできない。ジュリアは噛み付いてやろうかと思った。

「睨むなよ、怖ぇな。『フィナを助けて』とか言って泣き出すかと思ったのに」

「あなたが私の目の前から消え去って、フィナの無事が確実になるんだったら、いくらでも泣いてやるわよ」

 シーズは鼻で笑った。

「色気のかけらもねえな」

「上等よ。私は軍人になりたいの。軍人に色気なんて、普通は必要ないわ」

「上官にもか?」

「あなたね! 軍をなんだと思ってるのよ」

「人間の集まり。それ以外の何ものでもねえだろ?」

 それもそうだ。

 でも、聞いていることと根本的に違う!

「あなた人間じゃないわ」

「褒め言葉だな」

 唇が触れた。

 背筋が寒くなるのと同時に、顔が一気に熱くなる。

「!!!」

「うっわ。ガッサガサだ。女なんだから顔の手入れくらいしろよ」

「余計なお世話よ! 出てけ! 人でなし!」

「うわー、こえー!」

 ひらりとジュリアの右フック左アッパーを避け、一目散にドアへと駆けていく。

「拳骨で殴り掛かるなんて。もう少し女らしくしろよ。襲いがいがねえ」

「うるさい! 出てってよ!」

 ぱたんと扉が閉まって、ジュリアはへたへたと床に座り込んだ。

「もう……。ボディーガードにクラウディオを連れてくるんだった……」



 夕食のとき、まだ3人は帰ってきていなかった。雨は降り続いている。

 ジュリアが卓につくと、シーズがさっきとは違う服を着てふらふらやってきた。

 そうだ、ここの料理を作っているのはシーズなんだ。顔を合わせるのは嫌だったけれど、3食抜くのは健康に良くない。

「あんた、何食べる?」

 厨房へ入ってから、シーズが大声で尋ねてくる。

「レモンパイ」

 ジュリアは不機嫌な声で答えた。

「作り置きがねえよ、そんなもん」

「じゃあ夕飯はいらないわ」

「朝昼晩抜きか。過酷だな、明日の朝も三人はいないはずだぜ」

 ジュリアは厨房の方を睨みつけた。

 牽制しておかなければ。

「あなたは何を食べるの」

「俺? 野菜」

 シーズは厨房から湯気の立つ皿を持ってきた。テーブルの上に置かれたのは、温野菜サラダ。ミモザ風にしてある。

「野菜があれば、あとはいらないさ」

「意外だわ。肉食だと思っていたのに」

「俺は欲深くないからな」

 そう言って、にんじんをほおばった。

「嘘だわ。絶対になにかあるわよ」

「そう言うあんたは? 何を望む?」

「そうね、私を災いから守り抜いてほしいって願うわ。あんたみたいな男からもね」

 シーズはジャガイモをつぶしながら、乾いた笑い声を上げた。

「悪魔が願いを叶えるって言っても、その願いなのか?」

「そうね。私を災いから守り抜くってのは、外せないわね。相当難しいはずだけれど」

 ジュリアも野菜を自分のさらに取り分けた。

「俺が悪魔なら、あんたにこう対価を要求する。『他の男と寝るなよ』って」

「あなた、頭の中がおかしいんじゃない?」

「楽しんでるだけさ」

 いい加減なシーズの言葉に、ジュリアはインゲンを刺したフォークを、皿の上に乱雑に置いた。あきれた。遊んでるんだわ、きっと。

 表情が楽しそうだもの。

 目が輝いているシーズは、フォークを指揮棒みたいに振り回した。

「ほら、歌劇フィーゴ公爵の1幕みたいだろ? 台詞を言い換えてみろよ。『お前の望みは何だ』」

「……『私を災いから守り抜くことだ』えーっと、『それがかなうならば何でもしよう』」

「『本当だな』」

「『本当さ』」

「『ならば、俺の言うことを聞くことだ』」

「『ひとつだけなら』」

「『ああ、ひとつだけ』」

「『わかった、ならば従おう』」

「『他の男と寝るべからず』」

「『ああ、いいだろう。私の願いが叶うならば、悪魔よ』……って、私男役じゃない。しかもフィーゴ公爵が男色家みたいだわ」

「それを狙ったんだけど」

 ジュリアは肩を落とした。

「あなた、木の枝で頭打ったでしょう」

「さあね? 俺の食事は終わった。じゃーな」

「当分顔を見なくていいわ。おやすみなさい」

「鍵かけて寝ろよー」

 バタン

 ジュリアは独ぼっちの食卓で、湯気のおさまった温野菜サラダを黙々と食べた。雨はまだ止まない。



 翌日の早朝、ジュリアは息苦しくて目が覚めた。寝返りを打ちながら、大きく息を吸う。重たいわね。なによ、この温かい……。

 まさか。

 昨日はちゃんと鍵をかけた……、その記憶がない。かけ忘れた!

 冷や汗が吹き出る。

 ジュリアはおそるおそる、後ろを振り返った。

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