脅しの午後
夕食が終わって、部屋に戻る。フィナの姿はないし、少し寂しいなとジュリアは思った。マッチを擦って、ろうそくに火をつける。
「あぶないっていう意識がねえな。部屋の鍵くらい閉めろよ」
振り返ると、シーズが勝手に入ってきていた。
「ちょっと、勝手に入って来ないでよ」
「なんでだ? 俺は凄く良い情報をあんたに持ってきてやったのに」
ジュリアは口をへの字に曲げた。とってもかんじ悪い。
「交換条件があるんでしょ」
「当然」
「私がほしがっていない情報かもしれないのに、よくそう言うことが言えるわよね」
「分かるさ、顔に書いてある。『なぜフィナはリセーナへ戻ったんだろう?』」
窓の外が光った。遠くで雷の落ちた音がした。
「なんでフィナのことを知っているの?」
「秘密」
すらりと光ったのは、野良作業用のカマ。
「物騒な物持ってるわね」
「まぁ、帰り道に寄ったからな」
悪びれることもなく、シーズはカマをくるくると弄んだ。十分な脅しだ。
「条件は何」
「明日の午前中は、自分の部屋にいることだ」
また、雷が鳴った。
「自分の部屋にいるだけで良いのね」
「そう。扉には鍵をかけて、燭台で枷もかけとけば上々さ」
「分かったわ。じゃあなぜフィナは、セリーナへ戻ったの?」
「あんたを一人にするためだ。それ以外の何ものでもない」
ジュリアは手近な所にあった壺を鷲掴みにした。
「それくらい分かるわよ! 女だからってなめてんの?」
「信用してないだけさ。あんたが約束を守って部屋の中にいるかどうか、その時になってみないと分からないからな」
「疑り深いわね。友達無くすわよ」
「いいさ。俺に友達なんていない」
「寂しくないの?」
「こんな山奥に暮らしてるんだぜ? 疎遠になるさ」
シーズはつなぎのポケットから、銅の鍵を取り出した。
「そこの本棚の鍵だ。暇なら読んでな」
「あら、ありがと」
鍵を渡すと、シーズはさっさと部屋を出て行ってしまった。挨拶もなし。
やっぱり友達無くすわね、とジュリアは思った。
この城へ来て、初めて一人で目覚める朝。フィナがいないと、やっぱり寂しい。外はまだ雨だ。
自分で水を汲んで顔を洗い、服を着る。
「ジュリア、起きてる? 朝ご飯食べに行こう」
ジュリアは、ぴたりと動くのを止めた。アンナの声だ。
変に返事をしたりすると面倒なことになりそう。寝たふりしておこうかしら。
「ジュリア、ジュリア! ねぇ、起きてよお。朝ご飯食べにいこうよ!」
「ジュリア、そろそろ起きないと。具合でも悪いの?」
シルヴィアの声だ。集まってきてしまった。
「アンナ、ジュリアはまだ寝てるみたいよ。先に行きましょう」
「えーっ」
「我が侭言わない約束でしょう?」
「……うん」
足音と声が遠ざかってゆく。ジュリアはベッドにそっと腰をかけた。おなかは減っていない。水はあるし。
野宿よりはいい環境よね。
ジュリアはそう思って、本棚へと近づいた。あの銅の鍵を使って、扉を開ける。古めかしい本ばかり。背表紙が割れているのもある。
手入れが悪いわ。
ジュリアは本を一冊手に取った。題名は、ディリストラ城史書VII。七代目のディリストラ城主、ジェイミー・ドゥナが書いたらしい。ディリストラ城史書は全部で26巻あった。だが、XXVまでしか見当たらない。どこかおかしい。
「あ、XXが2冊ある……」
ジュリアは、ディリストラ城史書XXを二冊同時に引き抜いた。
間には、紙切れが一枚入っていた。不気味な文字が紅いインクで書いてある。
「なにこれ。気持ち悪いわね」
ジュリアは思わずそれを破って丸め、くずかごへと放り込んだ。
「おい、入るぞ」
振り返ると、シーズが勝手に入ってきていた。鍵をかけたと思っていたのに。
「あの三人は出かけた。もう昼過ぎだ」
「え? もう?」
まだ朝起きてすぐの気分だったのに。
「寝過ごしたんじゃないのか? まあいいさ。約束は約束だ。教えにきた」
扉を閉めて、シーズはソファーの背もたれに座った。
「『なぜフィナはリセーナへ戻ったのか』」
ジュリアは固唾をのんだ。
「それは、あんたのおじい様の呼び出しがあったから……じゃない」
「お父様の、とか言わないわよね」
「よく聞けよ。あの馬車の御者は、リセーナの人間じゃない。あんたからフィナを引き離すためだけに現れた。フィナは今頃、ふもとの村にいるだろうよ」
ジュリアはベッドから立ち上がった。冗談じゃない。もし本当なら、フィナは振り回されているだけじゃないの。
「なんでそんなことを知ってるのよ」
「御者と話をしたのさ。こんなとこまでご苦労だな、って」
「御者はどこの誰よ」
「それは言えねぇな。約束だから。それよりもっと面白い話をしてやるよ」
ジュリアは枕を投げつけた。
「こういう時に面白い話なんて聞けないわよ! もう! フィナが、もしかしたら酷い目に遭ってるかもしれないって言うのに!」
「あんたのそれ、本心じゃないだろ?」
シーズがソファの背もたれから降りた。ジュリアの方へ歩いてくる。ベルト通しからぶら下げられた、鍵束が鳴る。
「独ぼっちになった自分が寂しいんだ」
「そんなことないわよ!」
「本当に? 心の隅に、そのかけらもなく?」
「ないわ!」
「嘘だな」
両手首をつかまれて、仰向けにベッドに押し倒された。
「自分が可愛くない奴は、人間じゃない」




