ドレスと馬車
大浴場から戻り、髪の毛がほとんど乾いた頃、夕食の仕度ができたと声がかかった。
「あら、ドレスは?」
一緒に行きましょうと訪ねてきたシルヴィアが、ジュリアの格好を見て目を丸くしていた。どうやらシャツにスラックスの格好は、移動用だと思っていたらしい。
「実は、こんなにもてなされるとは思っていなくて、持ってきていないんです」
申し訳ないというと、シルヴィアはジュリアの手を取った。
「私のドレスを着たら良いわ」
「そんな、私、シルヴィアさんほど細くないし……」
「シルヴィアで良いわ。大丈夫よ。良いドレスがあるから。折角だもの。ね?」
今に儚く消えてしまいそうな指で、ジュリアの手は包まれた。
「では、お言葉に甘えて」
本当は、ドレス着たくないんだけどなー……。
シルヴィアはどちらかと言うと、スレンダーな美女だ。一方ジュリアはと言うと、メリハリのありすぎる体型だった。女らしさはあるものの、鍛え上げられた筋肉のせいで無骨さが漂う。ところが。
「ちょっとセクシーね。素敵よ」
と、シルヴィアは意に介さないようだ。断りようがない。
「恥ずかしい……」
「あら、女ばかりじゃない」
「あまりこういう格好はしなかったし、着慣れていなくて……」
「似合っているけれど?」
「あ、ありがとう」
歩きながら、延々と繰り返されるこの会話。
道を覚える余裕もなし。ジュリアはストールを肩からすっぽりかけて、できる限り露出を抑えようとしていた。
「ジュリアがドレス着てる!」
ブラウスにスカートをはいたアンナが駆け寄ってきた。あぁ、私もあれくらいならまだ良かったのに。
「アンナもドレス着たかったのにー」
「じゃあ明日着ましょうね」
シルヴィアが言うと、アンナはハーイと言って、ジュリアのドレスの裾をつかんだ。
食堂の木の扉が開く。中にはやっぱり少し古めかしい格好をしたアルベルトがいた。
「待っていたよ、夕食はできていたのに。なかなかこないから心配したよ」
「ごめんなさい、アルベルト。私がジュリアにドレスを選んでいたものだから」
「私がドレスを持ってきていなかったので」
アルベルトがまじまじとジュリアを見た。ジュリアはやっぱり恥ずかしくなった。
やっぱり、一着くらい自分のドレスを持ってくるんだった。
「シルヴィアのドレスか。ちょっとサイズが違うんじゃないかい?」
「私としては、気にならないけれど」
と、シルヴィア。
「少し首の辺りが開き過ぎだ。奥の衣装部屋に、シルヴィアが着ないサイズの服がしまってあっただろう。あれを出してきた方が良いんじゃないかな」
「そうね、そうするわ」
「それじゃあ、晩餐にしようか」
アルベルトが指差すテーブルには、すでに料理が運ばれてきていた。
「今日のジビエは野兎だよ。珍しくマスが捕れたからテリーヌにして、スープは早取りの空豆のクリーム風。ソルベは作ってないけれど、デザートがムースだから」
料理はアルベルトが作るんだろうか。ジュリアはつらつらと料理の単語が出てくるアルベルトを見た。こんなど田舎だから、そんなに美味しいものは食べられないと思っていたけれど……昼食のオープンオムレツを思えば、凄く期待できる。
「南の方の料理が好きなの?」
ジュリアが尋ねると、アルベルトはまあね、と言った。
「やっぱり、これだけ寒くて厳しい土地にいるとね。南の方は楽園に思えるよ。いつか行ってみたいものだね」
席について、グラスに紅い食前酒。アンナはヤマブドウと書かれたボトルから、やや赤っぽいジュースを注いでいた。
「では、ジュリアの新しい生活に、乾杯!」
「ジュリア、一緒にお茶しよう。おいしいサブレがあるの」
「ジュリア、何か楽器はできる? 前からこの曲をしたかったのだけど、共演者がいなくって」
「ジュリア、お散歩に行こう。今日は西の地下道を探検よ」
「ジュリア、シフォンケーキがあるの。一緒にいかが?」
「ジュリア、お絵描きしよう」
「ジュリア、レース編みは得意? もしよかったら教えてほしいわ」
「ジュリア」
「ジュリア、ジュリア」
「ジュリア、ねえジュリアってば」
城に来て2週間。毎日が行事尽くし。
「疲れるわ。夢の中にまで、遊びのお誘いの声が響いてくる」
「おはようございます」
フィナが洗面器にぬるま湯を張って持ってきてくれた。ジュリアは顔を洗いながら、フィナを見た。旅の疲れはとれてこの城にもなれてきたと思っていたが、フィナの表情は明るくない。
「ジュリアお嬢様は人気者ですから。今日は皆さんお揃いでお出かけするそうですから」
「そう。久々に一人ね」
「ええ、それで……あの、昨日の夜更けに馬車が来まして」
どことなく暗いフィナの顔を、ジュリアは覗き込んだ。
「何か、悪い知らせでもあったの?」
「なぜか、私だけリセーナへ戻ってこいと」
「……変ね」
ジュリアはつぶやいた。フィナもうなずく。
「フィナ、出発はいつ?」
「もう一度馬車がこちらへ来るそうなので、そのときに」
「そう……おじい様がまた何か考えているのかしら」
「私、御者の方にそれとなく聞いてみます」
「そうね。多分、山の下の村で、足の速い馬に換えると思うわ。もし戻ってくるような確信が得られたら、そこで馬を借りて、戻ってきて」
「はい、そうします」
フィナはジュリアの服を置くと、窓の方へ歩み寄った。この部屋から昨日馬車が止まった場所が見えるようだ。
扉がノックされた。
「ジュリア、起きてるかい?」
アルベルトだ。下着姿を見られるのは、あのドレスよりも恥ずかしい。
「ええ。でも、まだ着替えていないから」
「そうか。じゃあ、扉越しで悪いけど。これから山の下の村へ話し合いにいってくるから、城で留守をしていてほしいんだ」
「分かったわ」
「くれぐれも、北の塔には入らないようにね。今度案内するから」
「ええ、楽しみにしてるわ。あとね、フィナがしばらくこの城を離れることになったわ」
「ああ、昨日来た馬車の御者に聞いたよ」
「知ってるならいいのだけど」
「フィナ、気をつけてね。じゃあ、私も行ってくるよ」
「お気をつけて」
「ありがとうございます。お気をつけていってらっしゃいませ」
足音が遠ざかる。扉越しの会話は終わった。フィナは不安そうにジュリアを見た。
「ジュリアお嬢様こそ、お気をつけて。こんな人里離れた古いお城ですから」




