ジュリアと姉妹
部屋は東向きの広い部屋だった。部屋の調度品はジュリアの趣味と近かったし、メイドの控え室もかなり広くて、フィナは感激していた。もしかしたら、首都リセーナの邸宅よりも扱いが良いかもしれない、と。
「この城で一番の部屋だよ」
「すごく素敵。いいのかしら、こんなに良い部屋で」
「もちろん。客人だからね」
アルベルトはトランクを置くと、出入り口を閉めた。
「ただし、この部屋は東向きだからね。朝は眩しいよ」
「大丈夫よ、むしろ嬉しいくらいだわ」
「昼食の準備をさせてくるよ。ここから動かないように。迷うからね」
白い歯を見せて、アルベルトは部屋を出て行った。
「いい人でよかったですね、ジュリアお嬢様」
「そうね、無愛想な人よりは、断然いいわ。フィナの部屋もあって、上々よ」
ジュリアは、疲れた様子のフィナに微笑んだ。
「改めて、私はアルベルト。妹のシルヴィアと、アンナ。シルヴィアの一つ下に、弟が一人いるんだけど、ちょっと今はこられなくてね」
昼食の席で、顔合わせ会みたいな事が始まった。
「シルヴィアです。趣味は編み物よ。どうぞよろしく」
「わたしはアンナ。好きなことは、お絵描き。よろしくね」
大きな楕円のテーブルに、ジュリアと向かい合わせるようにしてシルヴィアとアンナは座っている。
「私はジュリア・ドゥナ。こちらはメイドのフィナ。どうぞよろしく」
「お姉さんは、このお城初めて?」
アンナが目をキラキラさせている。7〜8歳くらいかな。天使みたいな子、とはこういう子のことを言うのだと思う。
「ええ、はじめてよ」
「じゃあ、アンナが案内してあげる!」
「あんまり危ない所はだめよ」
シルヴィアが言うと、アンナは「ダイジョブだもん」と口を尖らせた。
「是非お願いしたいわ。散策は大好きよ」
小さい子と遊ぶと体力がつくのよね、と思ったのもある。でも、小さな子どもと遊ぶ機会がなかったから、折角だしという気持ちの方が強い。
「お姉さん、お昼ご飯食べたらね!」
天使の微笑みに、ジュリアは思わず微笑み返したのだった。
ジュリアは帰ってきて早々に、ベッドの上へと倒れ込んだ。
「やっぱり、小さい子の体力って凄いわ。城内をかけずり回ったけど、半端じゃない」
「お疲れさまです。お湯をもらってきましょうか」
フィナが、もう荷物をあらかた片付けていたのをみて、少し申し訳なくなった。自分でも少しは片付けようと思っていたのに。
「大浴場があるってアンナが言っていたから、そっちに行ってみるわ。フィナも少し休んでちょうだい」
「はい。では着替えを用意します」
フィナは備え付けの衣装部屋へと入っていく。
「ほんっとに、ただの貴族のお城って感じね」
「リセーナのお屋敷も、貴族らしいと思いますけど……」
フィナが着替えを出してきた。白いシャツに濃紺のズボン。人が住んでいるとは思っていなかったし、本当に荒れ果てた城をイメージしていたから、ドレスの一つも持って来なかった。
「じゃあ、行ってくるわ」
よっこらしょ、と起き上がって、ジュリアは着替えを片手に大浴場へと向かった。
大浴場に至るまでの廊下は、さながら美術館だった。大小さまざまな絵画や壺、置物、家具、ランプ、彫刻作品や胸像なんかが陳列されている。足下はふかふかの絨毯。頭上には天使と天文の天井画。やや状態の悪いものもある。
「やっぱり我が家は美術品との関係も薄っぺらいわね」
ジュリアは納得して、大浴場へつながる大きなガラスの扉を開けた。
「ジュリア!」
中には、すっかりジュリアと仲良くなったアンナがいた。さっき砂まみれになっていた髪の毛を洗っていた。どうやら使用人に手伝ってもらうことはなく、自分で洗うのが普通になっているらしい。そもそも、この家には使用人がいるのかしら?
「ジュリアもお風呂? わたしお風呂大好きなの」
「私も好きよ。手伝おうか?」
「ううん。自分でできるよ。あっちに白鳥がいるの」
「白鳥?」
鳥と入浴なんて、そんな馬鹿な。と、指差された方を見ると、確かに、大きな鳥の影が見える。
「アンナが作ったの。粘土で作って、焼いたの」
「あ、置物ね! 生きてるかと思ったわ。凄く上手ね」
「えへへ。ありがとう」
アンナはにっこりと笑った。
「今度ジュリアのも作るね」
「ありがとう。でも裸婦像はやめてね」
「うん。分かった」
大浴場の中には置物の他に、見たこともない鮮やかな色の花や、葉の大きな植物が飾ってあった。湯船も4つあって、それぞれ違う形、違う装飾だった。ジュリアは置いてあった洗面器を持って、お湯をとりに葡萄の彫刻で飾られた奥の方へと歩いていった。