古城に住人
海の見える都から五日。薄暗い森、銀灰色の葉に、針葉樹。馬車は不安定な道のせいで激しく揺れた。
「まったく! おじい様って本当に突然よね!」
その馬車の中で、ジュリアは頬を膨らませていた。動きやすいスラックスを許されたのには満足。だが、御者は送り迎えだけですぐにリセーナへ帰ってしまうという。自分は友達とのしばしの別れも許されなかったのに。
「調査ってのは名目だけで、ほとんど厄介払いよね。軽く幽閉よ! ディリストラ城なんて、人里離れすぎて、地元の人も知らないって話じゃない!」
同じ馬車に乗っている、お供としてつけられたメイドのフィナは苦笑した。
「フィナ、あなたには可哀想な事をしたわ。一ヶ月間、新鮮な魚もレモンもオリーヴも食べられないなんて」
「私の事なんて、気にしないでください。一番大変なのは、ジュリアお嬢様ですから。それに、オリーヴなら塩漬けがあります」
両ほほのそばかすが愛らしいフィナは、初めての一人仕事に力が入っているようだった。なんだか微笑ましい。フィナはジュリアより5〜6歳下だから、ジュリアにとっては妹のような存在だった。
「それにジュリアお嬢様は、なんでも一人でできますから」
「そうね、野宿も得意だし」
フィナは水筒を取り出して、専用のゴブレットに注いでジュリアに渡した。
「今度私にも野草の事を教えてください」
「いいわよ。喜んで教えるわ」
ゴブレットから一口水を飲んで、ジュリアはぽつりとつぶやいた。
「野宿に野草……ほんっとにお嬢様らしくないわね、私って」
城に着いたのは、ちょうどお昼頃だった。巨大な石の積まれた城壁は、おびただしい数の植物に這われて、緑の壁と化していた。このディリストラ城は、ジュリアの家、ドゥナ家の所有だと言う。
空は灰色、カラスの鳴き声も聞こえる。
鉄門扉に絡まったツタを切り落とそうとしたとき、扉はひとりでに開いた。錆びて軋みながら、ゆっくりと。
「不気味ね。最近こんなホラー小説を読んだわ」
「脅かさないでくださいよ?」
ジュリアとフィナは顔を見合わせて、それぞれ荷物を持って、城壁の中へと入った。
城に着くまでのパッセージは、意外なほど歩きやすかった。草は刈ってあって、小さな花も咲いている。
あっという間に城に着いて、しかも、中へ入るのも容易だった。城の中は、外の状態とは裏腹に、むしろ妙なくらい奇麗だった。調度品も明かりもタペストリーも品よく置かれていて、チリもホコリもない。当然のようにクモの巣もなし。
「誰かいるのかい?」
廊下の奥から男の声が聞こえた。誰だろうか。
「そちらこそ、どなた?」
「今そちらへ」
硬い音を鳴らしながら、長身の男が現れた。緩くウェーブのかかった長髪で、ジュリアと同じ金髪に蒼の瞳。古めかしいと言えば聞こえは良いけれど、少し流行遅れの貴族の服。だが、色々な人と会う機会があったジュリアにとっては、そんなに気になるものではなかった。
「ようこそ、城へ。私はアルベルト・ドゥナ。あなたは?」
「私はジュリア・ドゥナ。あなたもドゥナ家の人なのね」
「亡き父の後を継いで、他の兄弟とともにこの城を守っているんだ」
「そうなの。使える部屋はある? 祖父の命令でここへ20日間ほど居なければならないのだけど、迷惑ではない?」
「とんでもない、歓迎するよ」
内心、ジュリアは舌打ちした。せっかく帰れるチャンス……帰ろうと思えば歩いてでも帰ってやるつもりだったのに。
「案内しよう。昼食もすぐに用意させるよ。荷物を持とうか」
「ありがとう。でも……あぁ、やっぱり任せるわ」
筋力トレーニングになるから、と言いそうになった自分を少し責めつつ、ジュリアは大きなトランクを手渡した。




