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Julia  作者: 朔立花
第3章
10/13

緋色の円舞曲

 蓄音機から流れてくる軽やかで軽快なワルツが終わり、ジュリアは髪に手をやりながらアルベルトから離れた。うっすら汗をかいていたし、1、2曲という約束だ。さっさと借り物のドレスから着替えて、自分のシャツとスラックスを着たい。

「十分上手だと思うわ。リセーナでも、ここまで正確に踊ってくれる人はいないんじゃないかしら」

 ジュリアは疲れた笑顔でアルベルトに言った。とりあえず、今日は夕飯を食べてさっさと寝たい。シーズの発言に腹が立っていたし、その後にアンナの探検につきあわされていたからもうくたくただった。

「そうかい? 嬉しいね」

 いつものように、アルベルトは白い歯を見せて笑った。

「だけど、疲れたわ。久しぶりに踊ったから、息も上がったし」

「そう? でも最後にスローテンポを一曲、お願いできるかな」

 そっとジュリアの手を取ると、やわらかな物腰でジュリアの顔を覗き込んだ。ジュリアは無理矢理笑顔を作った。

「どうしても?」

「ああ。ジュリアはあと数日しかここに居ないからね」

「……そうね。分かったわ」

 もう一曲だけ踊ったら、さっさと厨房へ行ってハムの一塊でもかっぱらって……いえ、いただいて、さっさと寝室にこもってしまおう。どうせここに滞在するのもあと1週間だもの。

「一曲だけなら」

「ありがとう、ジュリア」

 アルベルトはふわりとジュリアのもとを離れると、盤を取り替え始めた。回転する盤の溝に、針をそっとのせる。

 急ぎ足でジュリアの所へ戻ってきた。ちょうど良く、穏やかな調べが流れ出す。

 二人はそれぞれ礼をした。

 さっと手を取って、踊り始める。

 緩やかで優しい表情の曲とは裏腹に、窓には激しく雨がぶつかってきていた。昼間とは思えない重苦しい空。荒れた山に生える枯れ木が見える。降る雨は大降りで、時折遠くで雷が鳴った。

 白い光が窓から部屋を突き刺して、地響きのような雷鳴が部屋を揺らした。

 突然、曲が変わった。

 振動で針が飛んだのだろうか。

 重苦しい低音の旋律。幽玄なヴァイオリンが現れ、薄らいで消える。不気味で暗い円舞曲。

「踊り続けよう」

 アルベルトが耳元で囁いてきた。

 嫌だと言おう。もう疲れたから、と。

 だが、ジュリアは口を開くことができなかった。足はステップを踏み続け、視界の端の景色は回る。アルベルトの服から香る少し古めかしい匂いが、息を詰まらせる。

「折角、ジュリアのように踊るのが上手な人と出会えたんだ」

 アルベルトは歯を見せて笑った。

「こんなに上手な人と踊ったのは、100年ぶりくらいかな」

 ジュリアは思わず目を見開いた。100年ぶり? どういうこと? アルベルトは100年より長く生きてるってこと……?

「それに」

 腰から手を離してジュリアをターンさせ、そのまま腕の中に抱き寄せた。

「これだけ血が豊かな女性も、久々だね」

 ジュリアの首筋に、柔らかくてざらっとした、生温かなものが触れた。汗で冷たくなっていた背中が、ざわめいた。

「美味しくいただかせてもらうよ、ジュリア」

 アルベルトは金髪を揺らして、白い歯を見せて笑った。形の奇麗な八重歯が、ジュリアの視界の端に見えた。



 気がつくと、ジュリアは見知らぬ部屋のベッドの上に横たわっていた。周りを見渡せば、随分と時代遅れな、よくいえば古風な家具やカーテンでかためられている。この部屋の主は、もしかして……。

 首に、あの嫌な感触が残っている。

 気持ち悪い。

 あの時どうして体が自由に動かなかったの?

 まるで自分の意志と関係なく、踊り続けて……。

「やっぱり似合うね」

 アルベルト!

 声のする方を見るが、体がほとんど動かない。口も動かないし、声も出ない。目だけを動かして見ていた。

「肌が白いと、黒が一層引き立つ」

 ベッドに広がる服の裾に目をやる。いつの間にかジュリアは、踊っていたときのドレスではないワンピースを着ていた。袖からしても、やっぱり古めかしいデザインで、流行とは無縁な雰囲気。

「黒が似合うなら、赤も似合うはずだよね」

 アルベルトが、ベッドに腰をかけた。古いベッドが嫌な音を立てる。投げ出されたジュリアの腕を持ち上げると、鋭利な爪の先で白い肌を裂いた。

「奇麗な赤だ」

 静かに滲み出たそれを、そっと口にする。

「ああ、美味しい」

 ジュリアの首筋から顎に、手を滑らせた。アルベルトは夢を見ているような目で、ジュリアを見ていた。

「良かったよ、ジュリアの首を食まなくて。首を食めば、たった一度きりしかこの赤色を味わえない」

 また、ジュリアの腕の赤色を口に入れた。

「こうしていれば、当分の間、飢えずに済む。ジュリア、もし足りなくなって、苦しくなったら教えるんだよ。その時は、楽にしてあげるから」

 人間なら、本当にただの変態だ。

 ジュリアは腕の痺れるような痛さに、のどの奥でうめき声が出そうだった。でも声なんてだせない。痛くて不快で、涙だけが出る。

「ジュリア? どうしたんだい、そんなに嬉しい?」

 嬉しくなんかない!

 こんな奴と、出会うんじゃなかった!

「君が嬉しいと、私も嬉しいよ」

 アルベルトはベッドの上へ上がると、ジュリアの肩を抱いて起き上がらせた。

「その……もしジュリアが良いのなら、なんだけど……私の、その、花嫁になってくれないかい?」

 はにかむな! 気色悪い!

「私の花嫁になってくれたら、君を不老の体にしてあげられる。血が不足することのない体だ。不老だけを望むなら、それでもいいけれど……。もし愛の結晶が出来たなら、そういう訳にもいかない……だろう?」

 動かないはずの全身に、一瞬にして鳥肌が立った。

 何考えてるのよ、この変態は!

 ああ、もう、誰でも良いから助けて!

 助けられるのは好きじゃないけど、もうこの状況どうしようもない。おじい様でもお父様でも、フィナでもクラウディオでも、いっそのことシーズでも良いから!

 誰か!

 この状況をどうにかして!



「あんたの願いは?」

 遠くで、別な声が聞こえた。

「ジュリア……! 今、頷いてくれたね!」

 アルベルトの目が輝いた。

 気のせいよ! 体が動かないのに頷けるはずがない。なのに、勘違いの希望に目を輝かせたアルベルトの顔が、見る見るうちに近づいてくる。

 ああ、このままいくと!

「あんたの願いは何だ?」

 また声が聞こえた。

 私の願い!? 私の願いは、私が一生男に負けず劣らず、無敵であり続けることよ! 心の中で叫ぶ。

「え、そうなのか?」

 そうよ!

「えー、あー、じゃあ、対価にお前の心臓を貰っていくぜ」

 心臓!? 死なないの!?

「ああ」

 健康体のままよね!?

「もちろんだ。のめるか?」

 良いわ。その条件、のんでやるわよ!

 そう答えた瞬間。

 フッと、体が軽くなった。


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