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伝説の召喚獣!  作者: 犬吉
序章
1/6

諏訪零司の場合

 平凡な日常。

 誰もが当たり前に享受し、しかしどこかでそれを拒絶する。

 誰もが心の何処かで、それが終わることを望んでいる。この退屈な灰色の時間の終わりを告げる、ドキドキする様なスペクタクルを。

 それはこの男子高校生―― 諏訪すわ 零司れいじも同じであった。

 だが殆どの人間は、万が一にでもそんな事態に巻き込まれたなら、確実にこう言うだろう。


「冗談じゃない、平和な日常を返してくれ」と。


 彼らが望むのは主役ではない。大スクリーンで映画でも観るかのように、安全なところからそれを見る傍観者。

「冗談じゃねぇ……! 何なんだよ、これはぁっ!?」

 目の前に広がる光景に零司は叫ぶ。それが何の解決にならないと分かっていても、それ以外に出来る事が何一つ無かったのだ。



 砂埃が風に舞い、狂乱が零司を包みこむ。足元にはジュースと菓子の入ったコンビニ袋が落ちていて、零司の後ろには膝を付いて息を荒げる少女。そして零司の正面には三つの、まるで巨人のような―― 否、実際にそれは巨人であった。

 一つは筋骨隆々という言葉が生易しく思える程に、とんでもない体躯をした一つ目の巨人(サイクロプス)

 一つは、巨大な岩を粗雑に削り出したかのような姿をした寸胴な巨人(ゴーレム)。パラパラと欠片が落ちていく様に恐怖を感じてしまう。

 最後の一つはゴーレムと同じ姿ながら、しかしその体が金属で出来ていた。


 三体の巨人の瞳は零司を捉え、今にも動き出さんとしている。零司は思わず息を呑んだ。その身を支配する恐怖の前に、周囲から響く狂気のような熱気の叫びも耳には届かない。


 平和で退屈な日常は、無くしてからその価値が分かる。逆に言えば、無くさなければその価値に気付く事はないのかも知れない。


 何故、どうしてこうなったのか。零司はひたすらに誰かに問い続けた。









 運命の日は木曜日。何時ものように寝坊寸前で跳ね起きて、学ランに袖を通すや、マウンテンバイクで全力疾走。

 滑りこむようにして駐輪場にイン。昇降口に飛び込んで、一気に階段を駆け上がる。

教室に駆け込んだ瞬間、担任の出席簿の一撃。ズキズキと痛む頭をさすりながら、午前の授業を消化。昼休みは学食で、デラックス天ぷらうどん大盛りを食いながら、弁当を掻っ込む。

 午後の授業は睡魔と闘いつつ、結局は敗戦。気が付けば放課後、ヨダレの海と化した自分の机に驚愕。慌てて拭きとって、顔を洗いにトイレへ。


 そうして、駐輪場に着いたところで気が付く。自転車のカギが無いのだ。

幸いにして自宅に帰れば予備の鍵はあるが、しかしこれでは帰りはバスだ。本来使われる筈のないバス代は、財布に地味に痛い。


「はぁ……ツイてねぇなぁ……」

 などと溜め息を吐きつつ、テクテクと歩く。夕暮れの街は帰宅する人の流れで、歩き難い程度に混雑していた。

 途中のコンビニで炭酸飲料とポテトチップスを買い、再び帰宅を再開。大通りの信号待ちの最中に、今の時間を携帯を開いて確認する。

「この時間だと、次は……38分か?」

 うろ覚えのバスの時刻を思い出しながら、独り言ちる。信号が青になったので、零司も携帯をしまって周囲に合わせて歩み出した。





―― ……こ……者………わ……えを聞………え――




「っ……!?」

 突然、脳内に声が響いた。そうとしか表現できない現象だった。キョロキョロと辺りを見回すが、誰も零司を見ていない。

 何故なら、零司以外の人間、車、鳥、向こうを走る野良猫に至るまで全てが静止していたのだ―― 白黒に変わった世界で。

「な……何だよ、これは……っ?」

 零司はふと、自分の足元が光っている事に気が付いた。


 淡く光る二重真円。その間には、見た事の無い文字が羅列している。そして円の内側には、菱形を十字になるように置いたみたいな物が描かれていた。



―― この…えを聞く者よ、我が……を聞き………けに……えたまえ――



 更に脳内に声が響く。先程よりもハッキリと聞こえるそれは、少女のもののようであった。

「クソッ、一体誰だよ!? これも、全部お前がやってんのか!? 意味分かんねえよ! もっとハッキリ喋りやがれ!!」

 理解出来ない現象に苛立って、ついに怒鳴り散らす。怖いと思う気持ちよりも、理不尽なこの状況に対する怒りの方が上回ったのだ。

 その瞬間、異変が更に起こった。足元の魔方陣―― 少なくともそう表現するのが妥当であろう―― が、強く輝きを放ったのだ。

「なっ……!?」

 目も眩む輝きに、零司は目を閉じる。瞼の向こうからでも分かるほどの輝きに、それでは足りないと手で顔を覆い隠した。

「うわっ!?」

 直後、全身を襲う浮遊感。ガクン、と落ちる感覚。あれ程に眩しかったものが消え失せ、全身に突風がぶち当たるのが分かる。

 零司が目を開くと、そこは―― 何処なのだろうか、真っ暗な場所を、ひたすらに落ち続けていた。

 時折、真っ暗な中に光の粒のような物が通り過ぎていくのが見える。

「な……なななななな~~~~~~~っ!?」

 驚きと悲鳴と困惑とが混じり合った奇妙な声を上げて、零司はその空間を落ちて行く。


 どれほど落ちていただろうか。何かが此方に向かって上がってきてるのに気が付いた。

「何だあれ……?」

 豪く遠い筈なのに、その姿がはっきりと見える。物凄い速さで落ちている筈なのに、とてもゆっくり距離が縮んでいる。

 緑と白を基調とした、どこかの民族衣装であろう服装。所々に金の装飾が施されてある。

「えぇっ!?」

 ついに交差して通り過ぎる瞬間、零司は驚きに目を見開く。

 その装束を纏った誰かは零司と同じ年頃の男性であった。黒髪の短髪、目は多少ながらツリ目気味で、精悍な顔つきとは言えない、幼さの残る顔立ち。

 その顔を、零司はとても良く知っていた。生まれてからずっと、一日としてそれを見ない日など無かったからだ。

「……俺?」

 思わず呟くと、向こうは何か可笑しそうに笑った。そしてそのまま、入れ替わるように上へと行ってしまった。

 待ってくれ。そう言おうとするよりも早く、真っ暗な世界が終りを迎える。

「またっ……!? うわぁあああああっ!!」

 この空間に来た時のように白い光が弾けて、世界を塗り替えた。









 光が収まった瞬間、世界は一変していた。

 どこまでも広がる地平線。連なる山々。広大な森と、そこを切り開いて作られたのであろう、巨大な街。街の奥にはまるでヨーロッパかファンタジー世界にあるような城。

 何故そんな事が分かるのかといえば――。

「うわうわうわぁあああああああああああああああっ!?!?」

 零司の体が空中―― 街どころか、周囲を見回せる程の高さに投げ出されていたからだ。

 こんな高さからパラシュートも無しで落ちたなら、間違いなくミンチになるだろう。

 だがしかし、奇妙な事が起こった。恐怖に顔を歪めながらも、しかし意識だけは無くさないでいる零司の体が、徐々に何かに引っ張られていくのだ。

「……!?」

 これ以上何があるのかと、零司は恐らく引っ張られる先であろう場所に目を向けた。

 そこにあったのは、歴史の教科書で見たことのある〈コロセウム〉に良く似た場所だった。

 そこを認識した途端、零司を引く力が強まった。視界が歪み、まるで拡大鏡でも覗き込んだかのように、視界がグニャリと歪んでいく。

「――― ッ!?!?」

 地面が、あっという間に近づく。悲鳴さえ上げられずに、零司は地面へと叩きつけられたのだった。








「……うぅ……ゴホゴホッ!」

いきなり埃っぽい空気を吸い込んでしまい、咳き込む。と、そこで零司は自分の体を慌てて確認した。

 あれだけの高さから落ちたにも関わらず、その体には怪我一つなく、土煙で学ランが汚れた程度であった。

 取り敢えずミンチになっていない事に安堵し、零司はズボンの汚れを叩いた。

 一体、ここは何処なのだろうか。豪く賑やか―― というよりやかましい―― 場所のようだが、先程の〈コロセウム〉だろうか。

「あ……あなた、誰?」

「え?」

背後から掛かった声に、間の抜けた声と共に振り返る。そこにいたのは、真紅の宝石の付いたペンダントらしき物を握りしめた少女。

 背中まであるハニーブロンドの髪と、エメラルドの瞳が印象的な、零司と同じ年頃であろう美少女。

 銀色のガントレットや、チェストアーマーは欠けて、汚れて、ひび割れているし、晒された素肌には擦り傷や切り傷が、数え切れない程にあるのが分かった。

 何でこの子はこんな格好をしているのか? 何でこんなに怪我をしているのか? そもそも、ここは何処なのか? などと考えていると、不意に地面が揺れ、背筋が寒くなった。

 まるで巨大怪獣でも歩いているかのような―― 実際に、そんなのを体験した訳ではないが。

 零司は恐る恐る振り返る。振り返りたくないという思いを捩じ伏せて、勇気を出して振り返った。危険に対して曖昧な認識のまま行動すれば必ず失敗する。だから、何がどう危険なのかをしっかり認識することが大事なのだ。



「冗談じゃねぇ……! 何なんだよ、これはぁっ!?」

 そして零司は、振り返った事を激しく後悔した。そこにあったのはとても常識では考えられないような状況―― 壁のような三体の巨人が、自分を見ている光景だった。


「くっ……こうなったら仕方ないわ」

 少女は立ち上がり、零司にその細い指先をビシィ、と突き付けて言った。





「クレア・トアデュヒターの名において命ずる。あれと戦い、殲滅しなさい!!」

「出来るかぁっ!!」

 理不尽過ぎる言葉に、零司は思わず叫んでいた。

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