第六章:救荒の蔵
一
天の営みは時に、人間の慢心をあざ笑うかのように、苛烈な試練を地上へ突きつける。
天保四年(1833年)の夏、関東一円は不気味なほどの冷雨に見舞われ、日照り不足によって稲の生育は完全に停止していた。
周囲の村々が「今年も例年並みの収穫はあるだろう」と楽観視する中、金次郎だけは酒匂川の氾濫や両親の死を経験した過去の記憶、そして日々変化する自然の徴候を冷徹に見つめていた。
彼は、初夏に実った茄子の実を自ら一口齧り、その種子が異常に硬く、味が淡白であることに強い危惧を抱いた。
「冷気が土の奥深くにまで染み込んでいる。これは単なる不順ではない、数百万の民が飢えに喘ぐ、未曾有の大凶作がやってくる」
金次郎はただちに桜町領の全農民を集め、収穫前の稲をすべて刈り取って乾燥させ、代わりに寒さに強い稗や粟を緊急に植え付けるよう、驚天動地の厳命を下したのである。
二
農民たちの中には「せっかく育てた稲を潰すとは正気の沙汰ではない」と猛反発する者もいたが、金次郎の至誠を信じる吉助らが先頭に立ち、一丸となって稗の作付けに奔走した。
歴史の必然は、金次郎の予測を恐ろしいほどの正確さで証明した。
その秋、日本全土を猛烈な大凶作が襲い、各藩の田畑は全滅、街道には行き倒れた餓死者の死体が溢れかえる地獄絵図が現出したのである。
しかし、金次郎の指示に従って稗を蓄えていた桜町領からは、ただの一人の餓死者も、ただの一人の逃亡者も出なかった。
そればかりか、金次郎は「救荒の蔵」を開き、近隣の飢えに苦しむ他領の民に対しても、惜しみなく粥を振る舞って数千の命を救い続けた。
目先の利益や面目に囚われず、自然の条理から大局的な未来を読み解く金次郎の思考の深さは、まさに絶望の淵にあった民にとって、一筋の救いの光となったのである。
三
桜町領の奇跡的な救済劇を聞きつけた小田原藩主・大久保忠真は、病床にありながらも金次郎を本国へと召喚した。
「金次郎、小田原の城下でも毎日、数多くの民が飢えて死んでいる。藩の面目などどうでもよい、今すぐ城の米蔵を開き、領民四万人を救ってくれ」
金次郎は即座に小田原へと駆けつけたが、城内では保守的な家老たちが「安易に蔵を開けば藩の財政が破綻する」「百姓上がりの差配を受けるなど武士の恥」と強硬に反対した。
金次郎は彼らに対し、一通の誓状を突きつけ、その大きな拳を畳に叩きつけて言い放った。
「命を救うに、一刻の猶予もございません。もし私の差配によって藩の財政が傾くならば、この場で私の首を刎ねられよ。私は、武士の面目のために民を見殺しにする不義だけは、断じて許しませぬ」
その凄まじい死生観と気迫の前に、城内の反対派は完全に圧倒され、ついに小田原藩の全米蔵が民に向けて開放されるという、未曾有の救済事業が開始されるのである。
(第七章に続く)
面白いと感じていただけましたら、
画面下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援頂けると嬉しいです。
皆さまの温かい評価が、このシリーズを続け、次の物語を紡ぐ力になります。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。




