マスターの忠告
酒場の空気は、昼間の熱気が残るように重かった。
カウンターの木目が、拭き跡で鈍く光っている。
ラファエルとダンクは肩を落とし、ゲイルの前に立っていた。
二人の鎧が、わずかに擦れる音を立てる。
ゲイルはグラスを棚に戻し、低い声で言った。
「ラファエル。俺の店で揉めるな。」
ラファエルは慌てて手を振った。
「いや、マスター……でも……」
ゲイルの視線が鋭く、ラファエルを射抜く。
「俺の店だ。もうお前に仕事紹介しないぞ? お前、そんなに金に困ってねぇだろ。無理して、シャドウグールの討伐なんてしなくていいじゃねぇか。それよりも期限が迫ってるゴブリン討伐の依頼があるんだ。それ、色つけてやるから、二人でやって来い。ゴブリン討伐なら二人で十分だろう。」
ラファエルは一瞬言葉に詰まり、やがて肩を落とした。
「まぁ、マスターがそう言うなら……」
ゲイルは短く頷き、帳簿を軽く叩いた。
「よし、頼んだぞ。この嬢ちゃん達には、俺が言っておいてやる。ゴブリン討伐よろしく頼むぞ」
ラファエルとダンクは無言で礼を言い、扉の方へ歩き出した。
二人の背中が、扉の隙間から差し込む光に溶けていく。
扉が閉まる音が、静かに響いた。
ゲイルはゆっくりと息を吐き、残された二人に視線を移した。
「さてさて、お嬢ちゃん達……」
マリーは小さく身を縮め、返事をした。
「はい……」
ケィティも、青いマントの裾を指で軽く握りながら。
「はい……」
ゲイルの声は低く、しかし穏やかだった。
酒場の喧噪が遠くに聞こえる中、言葉が静かに落ちる。
「皆、遊びでやってるんじゃねぇんだわ。」
マリーの瞳がわずかに揺れた。
「えっ?」
ゲイルはカウンターに肘をつき、二人を見据えた。
「好きな服着て、お洒落したらいいってもんじゃねぇ。服の色見て、皆、何が出来るか想像して、ああやって声かけてくるんだよ。これは仕事なのよ。嬢ちゃん達みたいな自分の好きな服着て依頼眺められると、ああいう無駄なトラブルが起きちまうんだよ」
マリーは唇を軽く噛み、視線を落とした。
「は、はい……」
ケィティも、頰をわずかに赤らめて。
「申し訳ありません……」
ゲイルは肩をすくめ、棚から小さな帳簿を取り出した。
ページをめくる音が、静かに響く。
「闇魔法使いなら黒だ。火魔法使いなら赤だろ? うちで仕事するならせめて、マントだけでも買って来てくれ。マント買う金がねぇなら、2名の薬草摘みの仕事紹介してやるけど、どうする?」
マリーは少し間を置いて、ゆっくり頷いた。
「あの……それじゃあ、その薬草摘みの仕事お願いします……」
ケィティも、静かに頭を下げた。
「ご迷惑かけて申し訳ありません。」
ゲイルは帳簿を閉じ、軽く笑みを浮かべた。
それは、疲れたような、優しいような表情だった。
「いいよいいよ。こっちも薬草摘みの仕事するヤツいなくて困ってたんだ。だから、今日はこれからうちで仕事する為の服を買う仕事だな。頼んだぞ。」
カウンターの向こうで、グラスが一つ、静かに置かれた。
午後の光が、酒場の床に細長い影を描いていた。
二人は小さく礼を言い、扉の方へ歩き出す。
その足音が、扉の軋みとともに消えていく。




