8.燃えている家から少女を助け出す
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すっかり月が明るくなった坂道はとても静かで、遠くに家の明かりがぽつぽつ見える程度。どこにも行く場所がなくなった僕は、もう二時間ほどオリーブ畑に寝転んで時間を潰していた。
どんな顔をして帰っていいかわからないし多分父は全然気にしていないんだろうけど、アリアンナにはまた馬鹿にされるかもしれない。どうすれば一番自分がみじめにならないかを考えてみたけれど、どうやったって僕はみじめなままだった。
レーナが知らないだけでやっぱりドミニコさんは間諜だったのかもしれない。そう考えれば僕がレーナを助けられなかったことだけは『しょうがないこと』になるだろうけど、レーナが父親のことを見誤ってるとはどうしても思えなかった。もしも間違っていたとしても、殺されたってことは犯人の気に入らないことをしたわけで、つまりドミニコさんは犯人の敵、それは僕らの味方、この島の仲間だ。
そこまで考えて僕は体を起こした。ファミリーのみんなには否定されたけど、自分はやっぱりレーナを信じたかった。ここでやめたら負けだ。もう一度、自分は味方だとレーナに伝えたいと思った。
立ち上がった僕は、なんとなく胸のポケットに手をやり、杖が入っていないことに気が付いた。落としたのか? まずい。あわてて地面に目をやるが、すっかり暗くなったオリーブ畑は何も見えなくて、僕ははいつくばって手探りで杖を探す。似たような枝がたくさん落ちている中を必死に探して、なんとか見つけることができた。ほっとして立ち上がった瞬間に、一つの考えが浮かんできてハッとした。でも、そんなことがあるのか…。自分の思いつきにびっくりしながら、僕はレーナの家に向かって走り出していた。
薄暗い畑を突っ切っていくと、空が赤く光っているのが見えてきた。なんだろう、何かが燃えている! 畑を抜けた僕の目に飛び込んできたのは燃え上がる小屋だった。言葉も出ないまま、あたりを見回すがレーナはいない。まさか。杖を出し火に向ける。
「流れる叫び!」
水の弾を扉に向かって何度も繰り出した。少し炎の勢いが弱まったところで扉に体当たりをする。部屋の中は煙が立ち込めていて、壁はごうごうと燃えていた。魔法の水を自分に浴びせ、ずぶぬれになって部屋へ入る。腰をかがめて煙を避け、薄目で部屋を見回すと、机の横に倒れているレーナを見つけた。目をつぶったまま動かない。
抱き上げてすぐに小屋を出た。顔が熱くちりちりと痛い。レーナを草の上に寝せると、顔に水弾を当てた。「レーナ!」名前を読んだけど返事はない。一瞬ためらったけれど胸の上に手を当てて心音を確かめる。動いてる。動いてる! 熱くなった顔や火傷に何度も水をかけた。「ううん…」レーナが眉間にしわを寄せてうなった。「レーナ!」
「…ルッソ…?」
目をつぶったまま、苦しそうにレーナは返事をしてくれた。よかった!! 安心したら力が抜けてその場に座り込んだ。燃えている家をながめながら考える。この火事は事故か、それとも。立ち上がって杖を振る。
「時の足跡!」
あたり一面に緑色の粉が舞い降りて、草地の上にひとつの靴跡を浮かび上がらせた。山の上のほうに向かっている。足跡が浮かんだということは時間がたっていない証拠だ。時間がたてば足跡は消えてしまう。レーナを見る。目をつぶったままだ。
僕は少し迷った末、「すぐ誰かを呼ぶから、じっとしてて!」と伝え、足跡を追って駆けだした。
少し走っては、魔法で足跡を探す。犯人は堂々とまっすぐ歩いていた。おかげで見失うこともなく、僕は一軒の家にたどり着いた。
ステファノの家。
信じられないような、納得のいくような、不思議な気持ちだった。門の前で立ち尽くしていると、扉を開けてステファノが出てきた。ゆっくりと静かに扉を閉めると、怒っているような困っているような顔で僕を見て大きく息をついた。
僕が何て言おうか迷っていると、ステファノはギプスをしたほうの腕で畑を指した。
「ここじゃ家族に聞こえちまう。若、向こうでいいですかね?」
僕が返事をする前にステファノはもう歩き出していた。ステファノはゆっくり歩いていくが、一歩の歩幅が僕の倍くらいある。僕は小走りになりながら後を追った。それでも気を抜かないほうがいいと思った。
もしレーナの家に火をつけたのが本当にステファノなら、僕にだって何をするかわからない。少し距離を置いて、右手はポケットの中で杖を握ったままにしておく。
「どうして俺のところに?」ステファノは前を向いて歩いたまま聞いてきた。
「時の足跡」
「そうか…こんな時間に魔法を使うやつがうろついてるとは誤算だったな」
2人が草を踏む、くしゃっ、くしゃっ、という音だけが夜のオリーブ畑に響く。
「奴はね」ステファノは歩きながら続ける。「殺し屋だったんですよ」
「嘘だ。レーナは杖職人だと」
「ほう、それも知っているのか。」ステファノが嬉しそうに返す。
「その話は本当だ。ただ、職人の仕事だけじゃ食っていけなくて都合のいい殺し屋みたいなことをしていたようでね。腕前は三流。大した仕事もできないくせに賭け事にはまっちまって、借金を作った挙句返せなくなって、うちのボスを殺せばチャラにするなんて約束を信じちまったってわけだ。」
僕はまだ警戒を緩めない。ステファノの声はどこか別の国の物語をそらんじているようで、僕の心には響かない。
「相談に乗ってるうちになんだか怪しくなってきたから、問い詰めたらあっさり白状しやがった。それどころか、ばれたら殺されるっていきなり襲ってきやがってよ。思わず杖を差し出しちまったってわけ。」ステファノが足を止める。
「だから、俺が殺した。」
振り向いたステファノはいつものように笑っていた。「これで信じてくれるか、若?」
僕はまだ胸の杖から手を離せない。「それなら何でファミリーに本当のことを話さない?」
「この島にすでに奴側に落ちた裏切者がいるかもしんねえだろ。」
「じゃあ、レーナの家に火を付けたのは?」
僕が声を大きくすると、ステファノはやれやれといった風に大きく息を吐いて笑い、すぐに厳しい目で僕を睨んだ。
「殺し屋の娘だ。」
ステファノは言い切る。僕は杖をぎゅっと握る。
「あの娘には何の罪もねえ。だがな、ルチアーノ。俺たちは何よりもファミリーを守らなくちゃなんねえ。そのために、たとえわずかな可能性でも、徹底的に潰しとかなきゃなんねえんだ。」
「レーナは生きてる。僕が助けた。」
言い返すと、ステファノは目を細めた。
深海魚も好きです。




