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7.少女を庇い、傷つける

7話目に来てくれてありがとうございます。

ステファノの腕はまだ治っていないようで、相変わらず包帯を巻いていてそれが気になるのかイライラした様子だった。

「なかなか治らないね」って心配したら、「さあ、ホントに治ってないと思うか?相手を油断させるのは戦いの基本中の基本だぜ」なんてニヤッとされたけど。それ以上に不機嫌そうな顔をしたのが父だった。


 幹部たちの報告は「夜、港に男が歩いていたという話もあるが定かではない」とか「殺された日に船のエンジンらしき音を聞いたものがいるようだ」とか曖昧なものばかりで、犯人に近づく情報は何一つ上がってこなかったのだ。諜報のベルナルドも歯切れの悪い話に終始し、結局「まあ、もう少し探りますよ」と渋い顔をするばかり。ただ、報告が終わった後のベルナルドはいつものようにひょうひょうとした顔でシャツのカフスをいじりながら時々思い出したような笑みを口元に浮かべ、それほど真剣にこの問題を考えていないようだった。

 

 僕はみんなの報告を聞きながら、レーナの言葉を思い出していた。


 とりあえずファミリーではドミニコさんが島の外の人間とつながっていた疑いを捨ててはいない。すでにレーナの家にはミケーレとマッテオが赴いて、手がかり探しに家じゅうをひっくり返したらしいが、何も出てきていなかった。もし本当にドミニコさんが間諜なら証拠になるようなものは残さなかっただろうし、何もなかったからと言って疑いが晴れたわけではなかった。みんなの報告が終わっても父は黙ったままで、部屋の中は酸素が薄くなったかのように息苦しかった。


 「娘はどうする」ふとステファノがつぶやいた。


 「もしドミニコがすべてを隠していたとしても、娘がその気配にまったく気づいていないとは思えん。一度話を聞いた時は黙って首を振るだけだったが、思い出してもらうためにもう少しきつくやってみるか」

 「ドミニコさんが間諜じゃないとは考えないの」


 僕は自分でもびっくりするくらい大きな声を出していて、みんながこっちを見た瞬間に、ああまたやってしまったかも、と後悔した。それでもレーナが尋問されるのは褒めてくれた彼女への裏切りのような気がして、言うだけ言ってみようと思ったのだ。

 


 「ドミニコさんは本土でものすごく嫌な目にあって、どこかのファミリーのために不正を働くとか、自分のせいで誰かが迷惑になるとか、そういうのを全部捨ててこの島に来たんです。多分、レーナを、レーナっていうのはドミニコさんの娘ですけど、彼女を守るためにも危険な仕事は全部やめたんだと思うんです。けど、みんなドミニコさんが間諜だって前提は外そうとしない。それじゃ犯人にはたどり着けないんじゃないですか?」


 一気にしゃべってしまった後でそっと見回してみると、みんな口元をほころばせている。

 「惚れたかな?」「うーん惚れたね」「レーナっていうのか」口々に茶化される。

 「ルチアーノ、わかるぜその気持ち。俺も若いころは惚れた女を信じてバカやったもんだ。」隣に座っていたロッシが、僕を見てにやついた。

 「けどな、自分の父親を悪人だなんて思う子供はいねえよ。自分でも気づかないうちに、何か見てるかもしんねえ。そこを思い出してもらうだけだ。心配すんなって。」

 「違うよ、惚れたとかじゃなくて、決めつけるのがおかしいんじゃないかって。」


 自分でもわかる。多分僕は顔を真っ赤にしていた。でもそれは僕の発言がただの恋心だって解釈をされて恥ずかしいからではなく、結局今でも子ども扱いされているのが悔しかったからなのだ。僕が必死に答えるほどに、みんなは面白がって冷かしてくる。部屋の笑い声が大きくなった頃、父が「もういいだろう」と静かに、何の興味もなさそうに言った。父は笑っていなかった。


 「ルチアーノ、本気で言っているのか?」

 「本気じゃなかったら発言しない。」

 「そうか」父は一度目をつぶって息を吐くと、僕をにらんで「浅い」と言った。

 「本当に浅い。お前の思考はその程度で止まるか。自分の言ったことをよく考えてみろ」


 その声はまるで裏切り者に死を宣告するような無慈悲な響きで、それでも僕は父から目をそらさなかった。父こそ何もわかっていないじゃないか。ドミニコさんはそんな人じゃない。レーナが言ったんだ。ぐっと父を睨み返す。

 「まるで自分が聞いたことが真実なんだとでも言いたげだな」父も僕の目を見たまま言う。

 いつの間にか部屋の誰もが黙って、僕らの会話を心配そうに聞いているのが横目で見てとれた。

 「疑え。それこそがファミリーを守る者の姿だ。」僕の目をまっすぐ見たまま父は言った。

 「誰も信じなくていいの?自分を信じてくれる人も?」僕は思わず言い返していた。ロッソが横で小声で「やめろって」と囁いてくるが僕は構わず続けた。

 「いつもそうだ。僕のことも、アリアンナのことも、全然信じていない。自分の子供さえ信じない人に、子供に信用されない人間に、ファミリーを守るだなんて言われたくないよ!」 

 父は顔色を変えない。

 「お前は何を目指すルチアーノ。」父の声が少し大きくなる。

 「私が父を継いだように、お前が私を継げると思っているとしたら、とんだ大間違いだ」

 「僕が継ぎたいと思っているなんて考えてるとしたら、それこそ大間違いだ」僕はもう止まれなかった。

 「こんなファミリー、どうだっていいよ!!」


 部屋は静まり返って、僕は言い過ぎた、と思った。誰も、父さえも動かない。残念そうな目で僕を見ているだけだ。ずっと僕をにらんでいた片目のガエターノが立ち上がり、僕の横まで来ると僕を立たせて思いっきり頬を殴った。僕は部屋の奥まで飛ばされた。ステファノが「やめろ」と静かに言い、ガエターノは「すみません」と一言つぶやいて席に戻った。ベルナルドが小さくため息をつき、優しい声で「謝れ」と言った。「いいから、謝れ」。それがまた僕をみじめな気持ちにさせた。脱げた帽子をつかみ立ち上がると速足で席まで戻り、テーブルに置いていた自分の杖をつかんで部屋を飛び出した。もちろん誰も追ってこなかった。誰かの舌打ちが聞こえた気がした。


 海の向こうに太陽が沈みそうな濃紺とオレンジ色の空の下をとぼとぼと歩きながら、僕は心底後悔していた。今まで生きてきてずっと我慢できていた気持ちなのに、どうしてあんなふうに出してしまったんだろう。一度出してしまった言葉はもう戻せない。三代目という立場で相手にしてくれていたファミリーのみんなも見放しただろうし、僕をあえてかばっていいことがなにもない。今の僕は、ボスに見放されたただの少年だ。さっきまで心をいっぱいにしていた怒りと悔しさは、この先どうなるんだろうかという不安と、父を怒らせてしまったという恐ろしさに追い出されていた。僕は無力だ。それでも、レーナにはちゃんと謝らないといけないと思った。


 レーナは僕を見てびっくりしていた。男が一人暮らしの女の子を訪れるには遅すぎたし、そもそも少し話しただけの男がいきなり自宅に現れるのは気持ち悪いだろうなと気づいてしまい、僕も黙ってしまった。けれどレーナは表情も変えず、まるで友だちが来てくれたかのように「今、夕飯作ってたの。ちょっと座って待ってて」と僕を家に招き入れると、いい匂いのする湯気が流れてくるほうに小走りで消えていった。


 僕はひとり取り残されて、座って待つのも偉そうだと思い、そのまま薄暗い部屋の中を眺めていた。裸の電球がひとつ下がっていて、中央に置かれた小さな丸机を照らしている。机の上にはドミニコさんとレーナが一緒に写っている写真が飾られていて、僕はなんだか申し訳なく思って目をそらした。部屋の中は必要なものさえないくらい質素でがらんとしている。ここでレーナが1人で暮らしているのかと思うと、大きな屋敷で不自由なく暮らしてるのに何もできない自分が情けなくなった。     

 

 しばらくしてレーナが大きめの鍋を抱えるように持ってきて、机の上にごとんと置いた。

 「1人分作るのってまだ全然慣れなくて、いつも余らせちゃうの。ちょうどいいから食べていかない?」


 僕はどうしていいかわからなかった。

 「フィレンツェの味。チーズを煮込んで、リーキをすりおろしてたくさん入れるの。」淡々と説明しながら2人分の食器を用意してテーブルに座ったレーナは、そこで僕の表情が硬いことに気づいたみたいだった。

 「何を言いに来たの?」レーナは持っていた皿を机に静かに置いた。


 僕は立ったまま、会議の事を伝えた。聞いているうちにレーナの顔は下を向いていき、悔しさをと怒りをじっとこらえているように唇をかみしめた。僕はレーナが何か言ってくれるのを待っていたけれど、永遠に続きそうな静寂に耐えられなかった。

 「ごめん。僕には何にもできない。」

 ドアを開けて帰ろうとしたら、「嘘」と後ろから小さな声がして僕は足を止めてしまった。振り返るとレーナは顔を上げていて、少し赤くなった目で僕を見ていた。


 「あなたは魔法が使えるじゃない。私にはできないことができる。何もできないなんて、嘘」

 僕はちょっといらっとしてしまって「誰だって使えるよ!」と声を上げてしまい、それがまた恥ずかしくなってドアの外に出た。

果てしない物語も好きです。

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