5.残された少女と気まずくなる
5話目にきてくれてありがとうございます。
女の子は白いシャツに紺色の長いスカートを履き、農作業用の長めのエプロンをして、熊手を持って立っていた。少し赤みがかった黒い髪は肩のあたりで切りそろえられていて、前髪は厚めに眉にかかっている。大きな茶色の目の周りは少し腫れぼったくて、もしかして泣いた跡なのかもと考えて、そこでこの子が死んだドミニコさんの娘じゃないかって気が付いた。
そのまま顔を見てることも尻もちをついたことも恥ずかしくなってきて、僕は目をそらして立ち上がり足と尻についたゴミを叩きながら、こんな時にどうしたらいいのか頭を回転させたけれど、残念ながら経験不足すぎて何も浮かばないので仕方なく「何してるの…こんなとこで?」
聞いた後で、なんてつまらないこと聞いたんだろうと思った。だいたい僕だってこんなところで何してるんだ。案の定女の子はちょっと眉をひそめて、僕を無視して熊手で地面を掻き始めた。
「こんなところが、私の家の畑だから。掃除してるの。」
しまった聞き方を間違えたかなと思って、「ねえ、ドミニコさんちの子だよね」って優しめに聞いてみたんだけど何も答えてくれなくて、焦ってしまった僕は自己紹介を始めてしまった。「僕のこと知ってる?コルレオファミリーの」「知らない」女の子はかぶせ気味にそっけない返事を返す。
「知らないの?君のお父さんも、ファミリーにこの畑を貸してもらってたのに。」話しながら、なんだか偉そうだなあと思った。思ったけど、女の子はまだ下を向いて怒ったまま掃除をやめない。
「いつも掃除してるの?まあ、畑はきれいにしておいたほうが、いいオリーブが育つっていうけどさ。」
僕は女の子が怒ってるんじゃなくて、涙をこらえてることに気付かなかった。彼女は目をぎゅっとつぶり、熊手を放して顔を両手で覆った。指の間からみるみる涙がこぼれる。僕は完全に間違った。しかもここでかける言葉を持っていない。とっさに女の子の手から熊手を奪い取るとあたりに散らかっている枝屑をかき集め始めた。そして思い出した。こんな枝屑の中で、この子の父親は死んでいたんだと。それなのに僕は畑はきれいなほうがいいだなんて言ってしまった。
女の子は座り込んで本格的に泣き出してしまい、僕は掃除をやめた。「じゃあ」と言って歩き出したけど、ただ悲しませただけになってしまった自分は悪者すぎると思い、僕は女の子のところまで戻ってスーツの胸の内ポケットから杖を取り出し、軽く宙に円を描いた。「火円!」
杖の先端から小さな炎が吹き出し、それは空中にとどまって杖の軌道の通りに円を作った。僕はそれをいくつも作ると、少し離れて「水霊!」と杖を一振りした。手のひらほどの青く光る人型の妖精が現れて、炎の輪を見ると次々に飛びかかり消していき、全部消し終わるとふっと消えた。
横目で女の子を見ると、彼女はしゃがんだまま顔を上げ、びっくりした顔をしていた。 僕は彼女がものすごく感激してくれると思って少し待ってみたけど、女の子はそのままびっくりしたままだったので次第に反応を期待してるのが恥ずかしくなってきて、掲げたままだった杖をおろして「じゃ、さよなら」と言って逃げるようにその場を去った。
次の日、改めてステファノのお見舞いに行った帰り、僕は彼女と早くも再会した。彼女は自分の家の畑とはずいぶん離れた道の端、オリーブの木の根元に膝を抱えて座っていた。近づいてみると、木の幹に後頭部を預けて、口を少しだけ開けたまま眠っていた。見下ろすほどに近づいても彼女は目を覚まさないのでどうしようかと思いながら、僕は寝顔をじっと見ていた。肩のあたりまで無造作に伸ばした黒髪。すっきりと小さくまとまった鼻。広めの額。薄く開いた口から覗いている前歯はとても白く輝いて見える。少し太くて長い、存在感のある眉。白い頬は土で汚れている。長い睫。彼女の目がゆっくりと開いて、黒いはっきりとした瞳が僕の目に焦点を合わせた直後、彼女は「キャッ!」と叫んで体を弾ませ、背中を木にドスンとぶつけて今度は「うっ」と呻き、そのまま動かなくなった。
「…大丈夫?」かろうじて僕は口に出してみた。彼女はしばらくするとむくっと顔を起こし、小さくうなずいた。夕日のせいかもしれないけれど、その顔は真っ赤に染まって見えた。
「ごめん…起こしちゃって…」僕は彼女を見るのが悪いような気がして、目をそらしながら謝った。「あの…僕の名前…なんだけど…」
「……」
「ルチアーノ・グレコ。っていうんだ」
その名前で、彼女は僕が何者か分かったようだった。すくっと立ち上がると、僕を見据えた。ちらりと見たその顔はもう赤くなかった。
「昨日は…ていうか昨日も…ごめん…。あのさ、ドミニコさんの…だよね…?」
「レーナ・ルッソ」。彼女は静かに名乗った。
そのまましばらく二人ともとも黙ったまま立っていた。とても静かで、オリーブの葉が風でサラサラと音を奏でていた。
「犯人、わかった?」先に口を開いたのは彼女だった。父親の話を先に振ってくれたのは、とてもありがたかった。
「まだ分からない。みんなで調べてる。」
「そう…でも…」
「でも…何?」
「きっと、わからないよね」
「何で?」
「私たち、この島の出身じゃないから。」
「出身じゃないと、何でわからないの…?」
「よそ者…っていうか、そんなに仲良くないし、来たばっかりだし。そんな人のために、必死になれないと思う。」
「違うよ」
僕は思わず声を張ってしまった。レーナはハッと顔を上げた。
「コルレオファミリーは、一度家族として受け入れた人を、絶対に裏切らない。僕らは小さなファミリーだけど、そこだけは誇りを持ってる。世界中のどのファミリーより、絶対に。」
「…ごめんなさい」
レーナはまたうつむいてしまった。
「いや…別に怒ったわけじゃなくて…」
レーナが黙ってしまったので、僕も話すことがなくなってしまった。目だけでチラリと空を眺めるとすっかり暗い青になっていて、いくつか星が見えていた。もう帰らないと、食事の時間に間に合わなくなる。
「私の父は…杖職人だったの。」
「え?」
レーナがぼそっと話し始めたので、僕は馬鹿みたいに聞き返してしまった。
「杖職人。私たちは本土の北の小さな村に住んでた。そのあたりのファミリーの男達のために杖を作る職人だったの。」
ラピュタが好きです。




