44.オリーブはまた実る
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父は話し始めた。
「私はこの島を守るためにファミリーのボスとなった。今は亡き先代から引き継いだのはもう15年も前のことだ。たとえこの体がどうなろうとも、この島を、この島に住むみんなを守れればそれでいいと思ってやってきた。だから今回の一件で右腕を失ったことを全く後悔していない。しかし」
父は言葉を切ってみんなを見回した。
「次にもしこの島に災いが降りかかった時、私はもう今までのようには戦えない。ボスの座を譲る日もそう遠くないかもしれない」
港は静まり返った。波の音さえ聞こえない。人々の不安そうな視線に満足したかのようにボスはかすかに苦笑し、皆を安心させるように何度もうなずいた。
「だがそれは今すぐではない。戦えるかどうか以上にファミリーのボスに必要なものは山ほどある。ボスの座はボスを目指すものが座るためにある玉座ではなく、皆に認められた者だけが立つことを許される指揮台だ。私はこれからも皆のために最後までここに立ち、島を守ることを誓う。」
父が話し終わり息をふうっと吐くと、雷鳴のような拍手と歓声が上がった。「グレコ・ロッシ! グレコ・ロッシ! グレコ・ロッシ!」と名を呼ぶ声がやまぬ中、父は父に近寄り笑い泣きじゃくるすべての人と左手で握手をし続けた。そしてゆっくりと歩いて僕とアリアンナの前までやってくると大きく左腕を広げた。
「ただいま。お互い無事でよかった。」
微笑んだ父の胸に、すっかり涙目になっていたアリアンナが飛び込んで声を上げて泣き始める。すまんな、とアリアンナの頭をなでながら父は僕を見た。ためらっていると後ろから背中をグイっと押された。振り向くとレーナが涙目で笑いながら僕をせっついている。僕は恥ずかしさに耐えながら前に出て、父の胸に頭をうずめた。今日一番の拍手が沸き起こる。顔をずらしてこっそり周りを見ようとしたら、ニヤニヤしているベルナルドと目が合ってあわてて顔を隠した。今日は仕方がない。ここに来たからには、親子の感動の再会を見たがっているみんなの期待に応えるしかないのだ。
ベルナルドがハンドルを握る車に押し込まれ、僕ら家族とレーナは港を後にした。人々の歓声が聞こえなくなったあたりで僕らはそれぞれに大きく息を吐いた。
「感動的な場面だったな。いいものを見せてもらった」
「仕方がない。これも義務みたいなものだ」
茶化すベルナルドに、父がネクタイを緩めながら疲れた声で返した。
車は島の坂道をゆっくりと登っていく。道の両脇のオリーブ畑はせっかく育て上げた実を失って寂しそうに冬支度をしている。けれど冬でも付きっぱなしの葉にはたくさんの栄養を蓄えているはずだ。きっと来年も島を豊かにしてくれるのだろう。
「ベッドに寝るだけの時間を過ごしながら、ずっと考えていた」
唐突に父が話しだした。
「我々とかもめの牙を分けたものは何だったのだろうかと。どうして我々は彼らを打ち負かすことができたのだろうか。当然、新しさは常に受け入れていかねばならない。しかし一方で古いものにはずっと残ってきただけの理由がある。変わらないものと変わるもの。どちらが欠けても大切なものは守れないのだろう。」
父の声はつぶやくような静けさで、なのに確かな強さを帯びて頭に響く。
「レーナはもっと魔法を勉強しろ。あれでは全く使い物にならん。牛が棒をくわえていたほうがましだ」
レーナは恥ずかしそうに笑って「はい」とうなずく。
「アリアンナの薬草は混乱のもとになった。しかしそれは薬草のせいでもお前のせいでもない。新しいものは人の心を騒がせる、それだけのことだ。これからも研究を重ね、素晴らしいものを作り出してほしい。恐ろしい兵器にするのではなく、平和のために使えるように。」
アリアンナは黙って小さく顎を引く。
「ルチアーノ」
父の呼びかけに僕は唾を飲み込んだ。窓の外を眺めたまま、気にしていないそぶりで耳を傾ける。
「いつになったら生意気な季節は終わるのかと心配していた。反抗期といのは自分を肯定する気持ちと否定する気持ちがないまぜになった面倒なものだからな。誰もが一度は通る道とは言え、本人にとっても周りに取っても迷惑極まりない。このままだとこいつはろくな大人にならないかもしれない。私の後を継ぐ資格さえ手に入れられないかもしれないと心配することもあった。だがしかし。」
言葉を止めた父とバックミラー越しに視線が合ってあわてて目をそらしたけれど、やっぱりそらしちゃいけない気がして僕は視線を戻した。父の目は笑っていた。
「あの時、あの場所でお前は確かに私の右腕だった」
その言葉は、炭酸水の泡のように僕の心にいろんな思いを呼び起こさせた。僕は目を閉じて発泡する涙を閉じ込める。
「親というのはこうして子供に驚いているうちに、いつの間にか追い越されていくのかもしれんな、ベルナルド」
「俺に聞くなって。」
僕は涙を隠すように窓の外に顔を向ける。父の言葉に何か答えなくてはいけない気がしたけれど、なかなか言葉が出てこない。照れ隠しなのか、父もいつもは続けないような冗談をベルナルドと交わしていて違和感が出まくっている。この人も恥ずかしいことなんてあるんだな、と思ったら肩の力がスッと抜けた。
「僕は」
思わず張ってしまった声に、父とベルナルドが黙る。
「僕は、将来のことなんて考えてなかったし、大人になるなんてまだまだ先の話だと思ってた。戦うということがどういうことかも全くわかっていなかったし知ろうともしなかった。3代目だって言われたってたまたま生まれてきただけだし、自覚なんてないに決まってる。ボスになりたいのかどうかはまだわからない。でもボス…父さんを近くで見ていて、どうして父さんはボスなのかはよくわかった気がする。そして、ボスになってほしいと誰かに思われるような人間には、僕もなりたい気がする。」
「ボスになるより難しいな」
またベルナルドが茶化したが、父は目をつぶって優しく微笑んでいた。視線を感じるとレーナが横を向いてニコニコしながら肘で僕の横腹を押してくる。僕はまた恥ずかしさを覚えて窓の外に目を向けた。
山の上まで続く畑を眺めながら、枝探しをしてレーナのお父さんを見つけてしまった日のことを思い出した。あの日からいろんなことが始まって、僕はそれまで逃げていたことにぶつからなくてはいけなくなったけれど、そのせいで自分にも少しだけ勇気があることがわかった。自分にピッタリの枝探しはもうやめるかもしれないな、と僕は外を見るのをやめてレーナとアリアンナに顔を向け、にっこりと笑った。
これでおしまいです。最後まで読んでいただいた方に、心から感謝いたします!
最後まで読んでいただけたということは、少しは楽しんでいただけたということだと思います。よかった。
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