31.空の下で言葉が集まる
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レッツァの街は中世から残る聖堂を中心に栄えてきた。今では国の北と南を結ぶ物流の中継点として人とモノが集まる商業都市となっている。カモメの牙はここに拠点を置いていたファミリーを潰し、物流を抑えて大きくなっていった。
朝日が海を照らし始めたころ、そのレッツァの南、小さな漁村のそばの名もない砂浜に僕らは上陸した。しばらくするとベルナルド、先発していたレオルーカ兄弟が次々に車でやってきてファミリーを分乗させ、別々の道からレッツァの街を目指した。三台の車はレッツァ郊外の農道で合流した。車を降りて集まり、めいめいが煙草をくもらせながら枯草が点々とまとめられた畑に何となく目をやっている。畑の向こうには向こう岸がはるか遠くに見えるほどの大きさの湖。
コルレオファミリーは全部で12人。レーナも入れて13人。島とは違う広々とした景色の中にいる僕らはとても少なく小さな存在に思えて、勝負を挑むのが急に無謀なことに思えてきた。ベルナルドが声をかけ、みんなを集める。
「カモメの連中が陣取っているのは、あの湖の対岸にある古城だ。聖戦時代の遺跡同然だったのを改築して使っているんだってさ。」
「さすが成り上がりってとこだ。特別になりたいお年頃なんだろうよ」ガエターノがしゃがれ声で呟き、少しだけみんなの顔が緩む。
「俺があの城を突き止めた時、ちょうど海のほうから気球が飛んできて城の上に降りて行った。連中は他にも倉庫や別荘を持っていて、そちらも見張らせていたが怪しい出入りがあった様子はない。つまり、カモメの牙に連れ去られたアリアンナはまだあの城にいる可能性が高い。俺たちが乗り込んで行くことは向こうも承知の上だろう。つまり、邸宅を急襲することはとても難しい。そもそもここに来るまでにも、すでにどこかで見られている可能性は高いしね。ということで、正面から堂々と乗り込む。以上!頑張ろう!」
ベルナルドは万歳をするように両手を上げ、わざとらしく高らかに声を上げたが誰も返事をしなかった。残念そうなベルナルドを見ながら僕はにやけてしまうが、船の中でロッシが言っていたことを思い出して上がった頬をもとに戻す。引き下がったベルナルドの代わりに父が前に出た。
「命を懸ける必要はない」
思わぬボスの言葉に、みんなが顔を上げる。いつも通り顔色一つ変えない父がいる。
「わが娘アリアンナをさらった愚かな海鳥の群れがいる。我々は今から彼らを殺しに行こうとしている。そして、これほど怒りに満ちた気持ちで戦いに赴くのは初めてだ。私はおそらく、怒りで我を忘れ、魔法に溺れ、隙を見せて無様に死ぬだろう」
「想像できねえ」だれかがボソッと呟き、父の言葉を冗談にしたくてみんなが笑う。それとも今のは本当に冗談か? 父は言葉を崩さない。
「この戦いはファミリーのためではない。私の家族の問題だ。つまり私はファミリーの命を使って自分の欲望を叶えようとしている。先日カロジョロは“ボスの娘だからではなく、島のファミリーだから助けるのは当然だ”と言ってくれた。ありがたい言葉だ。これはまさに我らコルレオ・ファミリーが守ってきた、たったひとつの覚悟と言っていい。だが、それでもあえて言う。もし命の危機が訪れたなら、迷わず後退するように。私と娘のために、命を懸ける必要は断じてない。」
一同は何も言えずボスの言葉が続くのを待っていたが、父はそれきり黙ってしまった。最後の会議のあと、父は家でもほとんどしゃべらず、空になったティーカップを持ったままじっと宙をにらんでいる時間が多くなった。ファミリーで力を合わせアリアンナを取り戻すと宣言したけれど、それは島のための戦いなのか私怨を晴らすためにファミリーを利用しているだけなのか、父は自分に問いかけていたのかもしれない。その迷いがこの期に及んで出た。冗談のように聞こえたさっきの父の言葉は、強さを誇示してきた父が初めて口にした弱音だったのか。言葉をかけなければいけない。
僕は父に、何か言わなくては。そう思っても、薄く開いたまま固まった僕の口はただただ乾いていくだけ。違うよボス。これは親子だけの問題じゃないんだ。みんなが、僕だって、大好きだったアリアンナを助けるためのファミリーの戦いだ。みんなが命を懸けるだけの価値は絶対にある。なのに、なのに僕はどうしたら。
「アリアンナの薬草は最高だ」
それは僕の言葉だった。気づいたら口にしていた。
思わずみんなが僕を見る。僕は無意識に口にした言葉の意味に後から気づいて、目だけでみんなを見回して次を促す。カロジョロが皺だらけの顔を少しだけほころばせてニヤリと微笑む。ベルナルドがふふっと笑って「アリアンナは踊るのが好きだ」と続けた。
そうだ、これは“言葉集め”だ。
気づいたみんなの顔がふわっと明るくなる。「ありゃ…サルサだったか」とマッテオが言うと「バカ、ワルツだろうが」とミケーレが返す。みんなの頭が揺れる。「勉強が大嫌いだったな」「特に算数が嫌いだった」「そのかわり生物には興味があった」「薬草のツボの中に蛇を飼ってて、大ばばさんが腰抜かして大騒ぎになった」「草に対する熱心さは見上げたもんだ」「初めは遊びかと思ってた」「工夫の幅が広がった」「早起きに文句を言ってた」
次々にアリアンナのことを語るファミリーの顔が幸せそうで、気づいたら僕は涙を流していた。何を泣いているんだ、死んだわけじゃない、死ぬわけじゃない、僕らが助けるんだから。アリアンナが死ぬわけないじゃないか。気づくとみんなが僕の顔を見ていた。恥ずかしくて目をこする。誰も茶化さないで僕の言葉を待っていた。
「アリアンナは世界一、生意気だった」
「はは、そりゃ言えてる」メノッティが笑う。「特に出来の悪い兄にはな」どっと笑いがはじけた。僕も笑って、そして言った「絶対に助けたい」。
笑いは収まった。みんなの顔は優しくて、なのに覚悟に満ちていた。僕は袖口で強く目をこすって、胸のポケットに入れていた杖を取り出し強く握った。
父が僕の頭をつかむように叩いた。そして「行くぞ」と力強く言った。もう誰も迷っていなかった。
自分で言うのもなんなんですが、この31話が大好きです…




