3.ファミリーが集合して事件について話し合う
また読みに来てくれてありがとうございます。
デュランダの間、とは我が家の地下にある大広間のことで、ファミリーに関することはほとんどここで話し合われ、決定される。商売のこと、人事のこと、近隣のファミリーの噂話、誰かが生まれた時、死んだ時。
大人50人は入れそうな部屋の中に、古いオリーブの木を張り合わせた巨大な机が置いてあり、その周りに十三脚のこれまたオリーブの木で作った椅子が、隣に座った者とこそこそ話が出来ないくらいの間隔で並んでいる。
床には毛足の長い赤い絨毯。明かりはそれぞれの前に置かれた小さなろうそくだけなので、ただでさえ薄暗い上に、真っ黒に塗られた壁には今までファミリーの一員として生きた人々――つまりもう死んでいる――の写真が一面に飾られていて、おそらく全員腕利きのマフィアだったことを考えるとどうにも背筋を伸ばさざるを得ない気持ちになる。
まして自分たちの島の中で人殺しがあったという屈辱的な事件を受けた今日のこの部屋は、今までとは比べ物にならないくらいに緊張感に満ちていた。
僕は部屋の入口に一番近い席に付き、杖を机の上に置いた。誰がどの席に座るかは決まっていて、部屋の奥の上座には父が、その右と左にステファノとベルナルド。そこから入口に向かって、鬼爺カロジョロ、片腕のミケーレ、長髪マッテオ、片目のガエターノ、太っちょトンマーゾ、双子のレオルーカ兄、レオルーカ弟、王子メノッティ、永遠の子分ロッシ、そして僕。まあ、偉い順だ。
全員が席に付き、それぞれの杖を机の上に出す。僕ら魔法使いの杖は自分で作るのが一般的で、各自が得意な魔法に合わせて、太さや長さの違うオリーブの枝を煮込んだり乾かしたり薬草に浸したり祝福をかけたりして作る。この場で大した役割がない僕にとっては、机の上に置かれている色々な形をした杖を横目で眺めるのがこの部屋に来た唯一の楽しみだった。
「それでは言葉を集める。」
父がデュランダの始まりを告げた。いっそう空気が冴える。「述べよ。」
父の言葉がいつもより強めだったので皆が一瞬ためらったのか、一瞬沈黙が部屋を支配したが、すぐにステファノが「ドミニコは海から来た」と発した。
それが引き金となりデュランダの間には次々とドミニコと事件に関する言葉があふれ始めた。
「ドミニコの生まれは本土の内陸、フィランツァのほうだと聞いた」
「ここに来る前は靴職人をしていた」
「いや、魔法薬草の売人だったと聞いたぞ」
「奴の作ったオリーブは1年目にしては上出来だった」
「いい薬になると女たちが喜んでいた」
「町で金を使っている姿は見たことがなかった。」
「金は使っていた。無駄なものを買っている様子はなかった」
「酒も飲まなかった」
「やってきたのは夏の朝だった。服はぼろぼろに破れていて、何かから逃げてきたようにも見えた」
男たちが、前を向いたまま次々に発言していく。これがデュランダの間で行われる”言葉集め”の儀式だ。
ある議題に関して皆が思いついたことをひたすら口に出していく。父は目をつむって黙ってそれを聞いている。書記役のベルナルドは右手に杖を持って素人指揮者のようにフラフラ振っている。それに合わせて机の上では羽根ペンが紙の上を勝手にすらすらと動いて皆の言葉を紙に書き留めている。集められた情報はとりとめがなく、だれもドミニコさんの本当の姿を知らなかったことが明らかになっていった。
「ドミニコはコルレオファミリーに借金をしていた。」
「ドミニコには娘が1人いる」
「ドミニコはボスに誓いの言葉を述べる時に涙を流していた」
「ドミニコは娘を愛していた」
「妻の事を話しはしなかった」
「善人だった。怪しいほどに善人だった」
僕はこれまでに一度も発言したことはなかったけれど、初めて間近で死体を見て興奮していたのか、というよりもおそらく自分が死体の第一発見者だという変な自尊心が口から出てしまったのだと思う。
「ドミニコさんはナイフで殺された」
僕は意識しないまま、つい言っていた。
部屋は静まり返った。怖くなって見渡したが、全員前を向いたままだった。僕は目を伏せた。誰かが小さくため息をついた気がした。言わなきゃよかった。
「これで全部か」
父が促したが、それ以上言葉は集まらなかった。
「我らの島で家族が殺されたことは屈辱以外のなにものでもない。怪しいものを見たものがいないか、島の中に手分けしてあたれ。」
いつもの冷淡な低い声で閉会を宣言すると、みんなは、了解とだけ返事をして席を立ち始めた。父は僕の横まで来ると足を止め、軽くため息をついた。
「もう少しましなことが言えるようになれ」
いつものように僕を見ずにつぶやき、部屋を出て行く父の背中は壁のようだった。決して揺るがない頑丈な壁。そのまま動かないでじっと座っていた僕の帽子を、誰かがポンと叩く。
「意外と面白い言葉だったよ。全然足りないけどね。」
ベルナルドは笑っていた。
「ボスの言った言葉の意味さ。ありゃ褒めてんだよ」
「そんなわけないでしょ」自虐的につぶやいた僕の頭を、ベルナルドはまたポンと叩いて出ていった。
「息子には特に厳しいよな、教育方針ってやつ?」
「まあ、俺だって最初の3年はほとんど口をきいてくれなかったぜ、安心しろよ」
若手のロッシやメノッティも気を遣ってくれる。けれど、僕は別に落ち込んでもいないし悲しくもない。父に優しくされたことなんて、生まれてから一度だってないんだから。
僕がデュランダの間に入ることを許されたのは3年前、13歳になってから。
初めて入室を許されたころは、まだ僕にも向上心みたいなものがあって、ここから自分を認めさせてやるんだという野心の芽生えを自分で感じていた。けれどいざ過ごしてみるとそこはどうしようもないくらいに大人の空間で、僕のちっぽけな自負と希望はファミリーのボスとして振る舞う父の冷たいまなざしに圧倒されるだけだった。回を追うごとに僕の顔は下を向き始め、見学に来た子供のようにじっと黙って時間が過ぎるのを待つようになった。
まあ、どんなに鼻で笑われてもとにかく発言して、父やみんなを認めさせられれば良かったのかもしれないけど、この部屋にはそれを簡単にさせない重みみたいなものがあって、それはきっと島と家族を命がけで守ってきたファミリーの覚悟がそうさせているんだと思う。
つまり僕には、覚悟なんてまだないのだ。
まあ、そんな僕が覚悟を持つようになる時は意外に早くやってくるのだが。
思春期のころを思い出しながら書きました。




