29.禁忌を犯した罰が伝えられる
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父のあとについて居間に入る。父はソファーにゆっくりと腰を下ろし、すでに湯気の出ていないコーヒーを一口飲んだ。会議の席では気づかなかったけれど、こうして明るい光の下で見ると目元の隈や眉間や頬に走る皺がいつもよりはっきりと見えて、とても歳を取ったように見えた。
僕は父の真正面の椅子に腰を下ろす。父は静かにカップを机に置き、僕をまっすぐに見た。
「アリアンナは絶対に助け出す。」父は会議の時のように断言した。
「聞いたよ。」
「先ほどとは意味が違う。ファミリーのボスとしてではなく、父親としてお前には言っておきたかった。」
「そんなことを言いたくて呼んだの?」
思ったより声が強くなってしまい、焦って「言わなくてもわかってるのに」と付け足した。父は笑いもせず僕をじっと見ている。
「ファミリーの仕事ではなく、親としてなりふり構わずあいつを助けたいと思ってるということをわかってほしかったからだ」
「でも」と僕は遮るように口をはさむ。今までずっと隠していた父親というカードをいきなり押し付けられているようで、素直に聞くことができない。
「ファミリー全員で本土に戦いに行ったら、島を守る人が誰もいなくなっちゃう。他のファミリーが島を奪いに来ることも考えておかないといけないんじゃないの?」
「主だったファミリーには、本土に渡ったままのベルナルドに命じてすでに話をつけてある。これは我々とカモメの牙の戦いであり、邪魔立ては無用だと」
父は軽く鼻で笑うように息を吐いた。
「他から見たらどうなるにしたって損はない。新興のいきがってる勢力が目障りなファミリーはいくらでもある。もし我々がカモメの牙を潰したなら、元の平穏な均衡が戻るわけで大助かり。慎ましいコルレオファミリーがそのことで大きな顔をするとは思われていない。我々が負ければそれはそれでオリーブの市場がごっそり空く。どちらにしたって困ることはない」
僕はうなずくのも忘れて父の話に聞き入っている。こんな話をするために僕をわざわざ呼んだのか。違う。嫌な予感が頭を支配し、スーツの下でジワリと汗がにじむのがわかった。
「この抗争はコルレオファミリーの未来を懸けた重要な一幕となる。アリアンナを無事に取り戻すためにも迅速かつ完全なる準備が必要なのだ。だから聞きたいのだが」
父はそこで言葉を切った。僕は唾をごくりと飲む。
「レーナに魔法を教えたな」
やっぱり。どこでばれてしまったのかと考えながら、僕の頭からすうっと血が引いていく。魔法を使う者としての最大の禁忌。呪われし大罪。レーナと過ごすようになってから薄れていた罪の意識が、一気に蘇って僕を支配していた。
「女性が魔法を使うことが禁じられているのは承知していたはずだ。これはスポーツのルールではない。魔法という大いなる力との契約であり、使う者の命を守る鎖だ。ルチアーノ、お前のやったことは命を持って償うほどの罪なんだぞ。」
「でも、ただの言い伝えなんでしょ」
「お前をしつけるための幽霊話ではないんだよルチアーノ。」精一杯の口答えを父は容赦なく切り捨てる。
「何の根拠もなしに脅しているとでも思っているのか。おそらくレーナにはすでになんらかの変化がおきているはずだ。」
何らかの変化ってなんだよ。死ぬとでも言うのか。そんなの聞いてない。呆然とする僕をしばらく見つめていた父は、深いため息をついてさらに信じられないことを告げた。
「してしまったことを怒るために呼んだのではない。お前たちの罪を少しでも軽くするために、決めたことがある。レーナを今回の戦いに連れていくことにした。」
「そんな!危ないよ!」僕は慌てて立ち上がる。
「これはファミリーの問題だろ!彼女は関係ないじゃないか!」
「関係ない子を巻き込んだのはお前だよルチアーノ。魔法を使うということは、そういうことだと知っているだろう?」
最悪の事態になったことをレーナに告げるために離れ小屋に向かった。最悪の気分だった僕をさらに苛立たせたのは、抗争に参加できると知った時にレーナが見せたやる気にあふれる態度だった。
「私、絶対役に立ってみせる。少しでも私の力が必要なら、喜んで行くわ」
「わかってんのかよ!」
まさか怒られるとは思っていなかったのか、レーナはきょとんとした顔で僕を見た。
「ゴミ拾いにいくんじゃないんだよ! 殺し合いに行くんだよ! ファミリーどうしの命運を懸けた殺し合いだ! なのにどうしてそんな喜べるんだ!」
「戦いの意味なんて私にはどうでもいい」
「…! ど、どうでもいい?」
「私が背負っているのは島でもないし家族でもない。死んだ父が守ろうとした当然の正義と、誰かが私を必要としているという事実。秘密兵器だろうがびっくり箱と呼ぼうが、一撃目で隙をつくことしかできない私が捨て駒になることはわかっているつもりなの。それでも、私は私のできることをしたい。それに…」
「それに、なんだよ」
「いざとなったら、ルチアーノが助けてくれるでしょ?」
そう言って微笑みを向けられて、助けないよというわけにはいかなかった。でも、そうだよとも言えなかった。僕はいらいらを体中に溶かして落ち着かせながら、ずっと黙っていた。
責任を取るってホントに嫌じゃないですか?




