26.妹は兄を守って一歩踏み出す
26話目に来てくれてありがとうございます
「いいのよ。私が行けばあなたたちは無事に帰れる。今まで薬草の仕事を手伝ってくれてありがとう。みんなによろしくね」
レーナは僕たちが何か口をはさむのを遮るように、大男に聞こえるようにはきはきと話した。レーナが僕の目を強くにらんで、無理やりな笑顔を作った。止めなきゃという気持ちと、止められないという諦めが胸に押し寄せて僕は動けない。けれどこの大男はアリアンナのことをちゃんと知らない。逃げ場のない危機に初めて光がさした。
レーナはアリアンナをぎゅっと抱きしめた後、僕の目をもう一度見てうなづくと大男のほうに歩き出した。とても怒っているような、何かを訴えているような目だった。レーナの足音を聞きながらどうすればこの好機を生かせるのか考えるけれど、焦って思考がまとまらない。大男は近づいたレーナの首を左腕で抱えるように捕まえると、杖を持った右手をこちらに差し出した。
「悪いなお前ら」杖の先が魔力を帯びてぼんやりと光る。
「ずるいぞ。約束と違う」
「ずるいんじゃない。俺は仕事熱心なんだよ」
大男がにやりと笑った時、僕は背中に何かを突きつけられていた。杖だ。背後でアリアンナが「あんたの」とささやく。さっきレーナがアリアンナを抱きしめた時に渡したのか。僕が一瞬驚き、納得した顔を確認したレーナが直後に動いた。スカートの中から自分の杖を取り出し、羽交い絞めにしている大男の顔に突きつける。
「火花!!」
レーナの杖からパチパチっと炎がはじけ、大男の顔を焦がす。
「ッチ!!!!!」
大男が思わずレーナを突き飛ばし、顔を手で覆った瞬間、僕は覚悟を決めた。アリアンナから杖を取り、走る。ようやく目を開けた大男が僕に気づいた時、僕は彼の腹に杖を付きつけていた。「火球!!」
大きな火の玉が大男を押すように燃え上がり、そのまま弾き飛ばす。男は少し離れたオリーブの木まで吹き飛び、体を激しく衝突させて倒れ、そのまま動かなくなった。
死んだのか? 殺したのか? 恐る恐るレーナを見ると、彼女もこっちを見ていた。お互いに息が荒い。言葉が出ないのは、何を言っていいのかわからないからだ。
「あんた、どうして魔法使えんのよ」
震えるアリアンナの声で我に返った。
「女なのに、どうして。」
「あとで説明するから、行こう」と手招きするが、恐怖からか僕への不信からなのか、怯えて動かない。駆け寄って手を取り無理やり引っ張ろうとした時、大勢に囲まれていることに気が付いた。
「殺してくれたのかい」
聞き覚えのある甲高い声がした。「困ったお子さんだな」
何故ピエイロがここにいるんだ。父はどうしたんだ。口を開けて呆然としている僕の動揺を察したのか、ピエイロは薄い笑みを浮かべた。
「ボス・サルヴァトーレは動けなくなってるよ」
「嘘だ」
「嘘じゃないさ、現に俺がここにいるわけだし」
「すぐに仲間が港から来る。」
「そうだな、早く始末をつけないとな。どっちがボスの娘だ?」
同じ手が通用するのかと一瞬考えたけれど、ピエイロはすぐに、どっちも連れてきゃいいか、とつぶやいた。そして僕を睨んだ。
「やっちまえ」
僕らを囲んでいた仲間が杖を一斉に僕に向ける。僕は背中にアリアンナとレーナを隠すように立ち、杖を掲げてピエイロに向ける。2人とくっついていれば手が出せないかもしれない。けれど攻撃範囲の狭い魔法で僕だけ狙われれば全ては終わる。僕は精一杯の抵抗として、2人を背にしてその場でぐるぐると回る。ふん、とピエイロが鼻で笑った。無駄な抵抗? そうだと思う。けれどこれ以上、僕ができることが思いつかない。港の人たちは館での戦いに気づいていないかもしれない。あとは、死ぬだけだ。ぎゅっと目をつぶる。
「私がアリアンナ・グレコです。」
妹が僕を押しのけるように一歩前に進み出た。
「だめだアリアンナ」
ため息をつくような僕の声を無視するようにアリアンナは続ける。
「魔法薬草を調合していたのは私です。まだ試作段階なので、調合法はどこにも記してありません。私にしか作れない。ついていってあげるからこれ以上犠牲を出さないで。2人には手を出さないと約束してください。」
何言ってんだよ、と僕は強くささやく。妹はピエイロのほうを向いたまま、あんたがこれ以上何ができるっていうの?と小さく返した。
「面白いね。」ピエイロが笑った。「兄のために自分を犠牲にする妹か。泣けるね」
ピエイロは持っていた杖をくいっと動かし、妹を招く仕草をした。妹が一歩踏み出す。
「おい!」
「なんとかしてよね。」アリアンナはそう言ってまた歩き出した。ピエイロの側まで行き、くるっと振り向く。顎を少しだけ上げて、生意気そうに遠くを見ている。
「ずいぶん平気そうだな。女のくせにその辺のファミリーのやつらより強そうだ。」
ピエイロは嬉しそうに部下たちを見回した。男たちは卑しい笑いで追従する。僕はただ右手の杖をグッと握りしめながら思った。違うだろ、全然平気な顔なんかしてないじゃないか。僕より泣きそうな顔をして、必死にこらえている。強いなんて適当なことを言うな、妹の夢をお前らの好きにさせてたまるか。頭の中では人生最大の威勢のよさが渦を巻いていて、なのに何もできない自分がみじめで悔しかった。ピエイロがにやりとして杖を僕に向ける。やっぱりそうか、そりゃそうだな。妹が必死に何かを叫んでいるけれど僕にはもう聞こえなかった。ピエイロの杖の先が青く光り始めた。
突如聞いたこともない轟音がして、僕らとピエイロの間に何かが落ちてきて、その衝撃で吹っ飛ばされた。背中をオリーブに打ち付ける。肘と膝を木の根で擦った痛みをこらえて顔を上げた。もうもうと土煙が立ち込めて館のほうへ流れていく。その煙の中から父が近づいてくるのが見えた。
妹がいないので、妹という存在への妙な偏見があります。




