23.ボスどうしの対面に聞き耳をたてる
23話目に来てくれてありがとうございます
ばあんと大きな音が家の中に響いた。誰かが勢いよく扉を開け家に入ってきたようだ。僕は手で妹に「そこでじっとしてて」の合図を送り、部屋の扉をそっと少しだけ開けた。玄関に人影が見える。逆光で顔はよくわからない。
「初めまして。御立派なお屋敷ですね。」
やや甲高い声で人影が口を開く。
「褒めていただき光栄だ。」父が落ち着いたいつもの調子で答えた。
「ずいぶんと落ち着いていらっしゃいますね。自分の島が戦場になっているというのに。」
人影はコツ、コツ、と靴音を鳴らして家の中に進む。逆光で見えなかった姿が露わになる。白い帽子に青いスーツ。黒いシャツに白いタイ。大きな目は優しそうでもあり、無慈悲にも見える。髭がないせいか、顔はとても若く見えた。
「カモメの牙のピエイロと申します。ボス・グレコでいらっしゃいますね?」
「そうだ」
「お出迎えいただけるとは、恐悦至極に存じます。なにやら港のほうが騒がしいようでございますし、てっきりグレコ殿も向かわれたかと思っておりました」
「向かうわけがない」
慇懃無礼な言葉遣いのピエイロという男に、父は平然と対応する。
「港の騒ぎは明らかに陽動作戦。本当の狙いは別にあるのが明らかだったからな。次に何が起こるのか見定めようとこうして待っていた。」
「さすがはボス・グレコ。」ピエイロは深々と頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ございません。この島に、どうしても欲しいものがありまして」
「こんな島に貴様のような若造がほしくなるものなどないと思うが」
「おやおや御謙遜を」
ピエイロはククっと笑って広間をゆっくりとまわり始めた。
「オリーブの市場の大部分を占め、手堅い御商売をしていらっしゃるコルレオ・ファミリーさん。本土での覇権争いで疲弊するのを避け、外界と隔てられたこの島に移ることで安心して商品開発に取り組める環境を作った。なんとも素晴らしい選択でしたね、先見の明がおありだった。先代は。」
舞台のセリフのように抑揚をつけて話すピエイロの姿は、僕からは見えなくなった。声だけが広間に響く。
「問題は、魔法薬草のほうです。」
僕の後ろで、妹が小さく息を飲んだ音がした。
「魔法薬草は、魔女と呼ばれた者たちが調合していた中世の時代からほとんど変わらない作り方をしています。それだけ完成度が高かったということでもありますが、携わる者達にとっては伝統を守り伝えていくという文化的側面が強かったんだと思いますねえ。古くから伝わるおまじないと同じように、私たちは何の疑問も持たず受け入れ、使用してきた。あなたはそこに目を付けた。」
丁寧に話し続けるピエイロを促すかのように、父は黙ったままだ。
「草を植える土、与える水や日光の量、摘む時期。全てを管理して最良の薬草を作り出す。新しい薬草との配合が決定的な違いを生み、完成後の熟成時間や保存方法までこだわった結果、従来の魔法薬草の効力を数倍に引き上げる、まさに夢のような薬草ができつつある。と、あなたの部下だった男が教えてくれました。」
ステファノのことだろうか。彼は、コルレオ・ファミリーは恐れられなくてはいけない、と言っていた。新しい魔法薬草の情報を手土産にカモメの牙と組むことで、勢力の拡大と狙ったのだろうか。でも、それはつまり新兵器を見せつけて怖がらせるということであって、どう考えても大きな抗争の火種にしかならない。
「臆病風に吹かれたオリーブ屋。殺し方を忘れた老兵。小さな島で進化をやめた亀。今じゃそんなふうに笑われてしまうコルレオ・ファミリーですが、いやいやとんだ野心をお持ちです。こんな恐ろしい計画をこそこそと進めていたとは!」
ピエイロの靴音がカカン!と響く。だが挑発を受けてもなお、父は落ち着きを崩さない。
「勘違いしているようだ。薬草の研究は進めているが、それは病気や怪我の治療といった魔法による福祉のためのもの。貴様の言うような恐ろしい計画などみじんもない。」
「あなたがそう思っていても、世間は違う。現に私がここに来ています。」
息を殺して父の背中を見つめながら、今聞いた話を頭の中で必死にまとめる。そんなものが、この島に。僕も初耳だったし、一度も聞いたことがない。もちろん重要機密を僕が知り得るわけでもないのだけれど、噂さえ耳に入ったことはなかった。そもそもそんな研究をいったい誰がしていたというのだろう、と考えがたどり着いたところで頭の血がさあっと引いた。ずっと薬草の研究をしていた人物。
「さて、そろそろ頂くとしましょう。あなたがここにいるということは、彼女もここということ。どちらにいらっしゃいますか。」
ピエイロの靴音が止まった。
「大事な娘さんは?」
驚きすぎて、自分の喉から変な音が出た。震える手でそっと扉を締めた。
どっしり構えていられるようになりたい




