17.嫌いな人の本音を受け止める
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「ルチアーノ!てめえボーっとしてんじゃねえ!」
助手席からのガエターノの声で我に返る。慌てて僕は杖を手に横の窓から身を乗り出す。風圧で帽子が飛んでいきそうになるのを押さえ、深くかぶり直す。杖を追手に向けたところでガエターノが急ハンドルを切り、バランスを崩す。「くそっ」思わず悪態をついたところで、ベルナルドの声が聞こえた。
「慌てなくていい。じっくり溜めて、でかいのを正確にぶつけな」
どうしてこの人の声はこんなに通るんだろう。そして僕の心を落ち着かせるんだろう。大きく息を吸って、吐いた。杖を追手に向ける。車は左右に揺れていたが、もう気にならなかった。杖の先に集中する。
「火玉!」
杖の先に灯った炎があっという間にたらいほどの大きさになり、轟っという音とともに、オレンジ色に空気を染めて飛び出していった。火の球は車目がけて飛んでいき、その手前で上昇してボンネットをかすめて後方へ消えていった。
「くそっ!!」思わず悪態をつく。直後に追手からものすごい数の風矢が乱れ飛んできた。多くはベルナルドが作った盾にはじかれて消えていったが、すり抜けた矢が僕らの車にバスバスと突き刺さる。ひゅんひゅんと耳元で音がして、思わず目をつぶって体を縮こませた。太ももに立て続けに痛みを覚えて涙が出そうになる。恐る恐る目を開けると、スーツがスパッと切れて出血していた。血が止まらない。痛い。みんなは大丈夫? そうだ、レーナは? はっと気づいて助手席を振り返る。
「レーナ!」
レーナは頭を抱えてうずくまっていた。その脇腹が、真っ赤に染まっている。頭が真っ白になった。
「レーナ!レーナ!」返事がない。レーナがやられた。いやだいやだいやだ。僕は杖を強く握りしめる。やったのはあいつらだ。許さない。絶対許さない。振り向いて窓から体を出す。飛んでくる風の矢の歪んだ軌道が体のすぐそばを何本も通り過ぎるが、恐怖なんか忘れていた。杖を握った手の中がどんどん熱くなってくる。
「火蛇!!」
まっすぐ差し出した杖の先に、青白い炎が灯るや否や急に激しく燃焼し、蛇のように伸びていく。手はものすごく熱いが、杖を放すことができない。
「ああああああああああッ!!!!」
自分でも知らない声で僕は叫んでいた。蛇は体を太らせて、向かってくる風を全て呑み込んでいく。そのまま追手の車のバンパーに衝突し、はじけた。
一瞬何も見えないほどの真っ白な光があたりを包んだ。薄眼を開けて見据えた光の中で、追手の車が大きく跳ね上がり、車体の裏を見せてひっくり返って逆さに落ち、さらに一回転して地面に頭を擦りつけながら滑っていき、止まった。
気づくと僕らの車も止まっていた。はるか向こうで、まだ僕の放った蛇の残骸が道路を燃やしていて、パチパチという音がわずかに聞こえる。そのほかの音は何も聞こえなかった。そこで僕は自分が呼吸をしていないのに気づき、大きく息を吸って、むせた。
どこをどれだけ走ったのか、いつの間にか町から遠く離れていたようで、僕らは野原を突っ切る真っ暗な一本道にいた。ベルナルドがひらりとボンネットから飛び降り、杖をくるくる回しながらひっくり返った敵の車に近づいていく。
月明かりさえない夜で、彼の姿はもはや遠くで燃える炎に照らされた影しか見えなかったが、身をかがめて追手の車内を覗き込み、そしてバス、バスと2度爆発音が聞こえた。杖を胸にしまいながら戻ってきたベルナルドは、何か考えているような表情をしていたが、僕の視線に気づくとその顔を崩してうなずいた。「大丈夫。」
レーナ。僕は慌てて車を降り、助手席からレーナを抱えて降ろし、叫ぶ。
「ベルナルド!レーナが!」レーナは目を開けない。
駆け付けたベルナルドが舌打ちをしてレーナの血まみれの脇腹をさぐるが、すぐにやめた。
「違う」
「え?」
「服に付いてるだけだ。レーナじゃない」
「じゃあ…!!」
運転席のガエターノは脇腹を貫通する傷を負い、意識を失っていた。呼吸は浅く、血が止まらない。「くそっ!!!」ベルナルドが天を仰ぐ。
ガエターノを2人で抱えて後部座席に移動させ、レーナは助手席に。ベルナルドの運転で隠れ港に向かいながら、僕はガエターノの処置をした。すりつぶした薬草を包帯できつく巻くと、ガエターノはうっと呻いて意識を取り戻した。
「ごめんなさい」聞こえているかどうかわからないけれど、謝る。
来た時とは違う小さな港で古びた漁船を拝借し、僕らはコルレオ島に向かった。月明かりに照らされた夜の海はとても静かで、船のエンジン音と舳先にぶつかる波の音が死神の声のように耳に刺さる。操舵室の中でベルナルドは時々夜空の星を見上げて、帰るための方向を確認している。レーナは膝を抱えてうずくまったまま、顔を上げない。
「おい…おまえらは無事なのか…?」
ガエターノのかすれた声に僕は驚いて、揺れる船の上をふらつきながら歩いて彼のそばにしゃがんだ。ガエターノは体を起こして船にもたれ、足をだらんと放り出した。薄く開いた目は苦しそうだけれど鋭く僕を見上げていて、こんな時なのに僕は彼がやはり怖かった。
「みんな怪我はしたけど、無事です。」
「水はねえのか…」
「ないです。すみません。漁船を盗んで島に向かってます。我慢してください。」
ガエターノは小さく舌打ちをして、姿勢を変えようと手を着いた瞬間、うっ、と呻いて体を崩した。支えようとした僕を手で制して、ガエターノは上着をめくる。腹に巻いた包帯は月明かりの下で真っ黒に見えて、ふと甲板を確認するとガエターノの周りは流れ出た血で染まっていた。
「大丈夫…ですか」
「なわけねえだろ」
「すみません。」
「いちいち謝んじゃねえよ」
ふうっと深めに息を吐いてガエターノは黙ってしまった。血の量が多すぎる。これはもしかしたら助からないのかもしれない。そう思ったら急に頭がいっぱいになって、僕は動けなくなってしまった。こうなった原因は、僕がホテルのフロントで正体をばらしてしまったからだ。本土に行ったのはファミリーの任務だった。旅行を装った仕事だったはずだった。それを忘れて楽しんでしまった僕のせいで、人が1人死ぬかもしれない。これは本当に起こっていることなのか?
「何泣いてんだよ、馬鹿野郎」
かすれた声で笑われて、僕は自分が涙を流していることに気が付いた。
「ムカつくやつが死にそうなだけだろーが、泣くことがあるかよ。まあ、別に悲しくて泣いてるわけじゃねえだろうけどな。今夜の、殺し合いが…受けとめきれねえだけだろ?」
これだから坊っちゃんは、とガエターノは小さく笑ったけれど、僕は何も言い返せなかった。
「いい機会だから、俺も言っておくぜ。」
ガエターノの声色が低く変わったのに気づいて、僕は思わず彼と目を合わせた。月明かりのせいなのか、よっぽど血が流れたのか、彼の顔は真っ青で、しゃべらないほうがいいと提案すべきなのかもしれないけれど、強い視線が僕を黙らせた。
「俺も、お前のことはムカついていた。」
ざぱんと大きく船が揺れた。
「ボスの…息子だからな。もしかしたら将来お前に仕えるかもしれない身としては…よくねえのかもしれねえけど……お前の目は許せなかった…ここまでぬくぬくと生きてきた…くせに…僕を拾ってくださいって野良犬のような目をして生きてやがる…救われるべき人間だって目でな…お前のアタマの中では…冷たい雨に降られてずぶ濡れで生きてる感覚なんだろうがな…そんなもん、俺に言わせりゃ、夜露ですらねえよ」
目をそらしたくなる気持ちを必死に抑え、僕はガエターノの目をしっかり見続ける。
「お前は何もできねえガキだ。今日初めて殺し合いをしたしょうがねえガキだ。ただな、ガキだからしょうがねえんじゃねえんだ。お前が自分をガキだと思ってるからしょうがねえんだよ。」
一気にしゃべったガエターノは、せき込むと血の混じった唾を吐き、痛えなクソと呪った。僕は黙ったまま、石像のように固まってガエターノの言葉を浴びた。心も体もボロボロなこんな夜に、死にそうで、しかも嫌っていた人間にさんざん否定されて、僕は悔しくて苦しくて、けれどなぜかじんわりと安堵のようなものを感じていた。それは初めて僕が直接心に受けた自分と言う人間への偽りのない本音だったからかもしれない。
「覚悟を決められんのかよ」最後にそう言ってガエターノは目を閉じた。いつの間にか空がうっすらと明るくなり始めていた。
ここのガエターノもかっこいいですよね。って自画自賛多いな。




