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16.走る車から追っ手を迎え撃つ

16話目に来てくれてありがとうございます

 ベルナルドの鋭い声がしたかと思うと、轟音が耳を襲った。バリバリバリと木が割れる音、窓が割れる音、ベッドに何かが刺さるようなブスブスという嫌な音も。何より、皮膚を焼くような憎悪が部屋の外から流れ込んでくる気がした。魔法で襲われている! 気づくとすぐ目の前にレーナの真っ青な顔があって、瞬きもしないで僕を見ていた。おそらく僕も同じような顔をしているんだろう。

 いつの間にか部屋は静けさに包まれていた。鼻息が部屋の外まで聞こえやしないかと必死に呼吸を落ち着ける。ギイ、とまた小さな音がした。

 「水蜂!」ベルナルドが扉に杖を向けて、小さな水の弾丸を連射する。土砂降りの雨が叩きつけられた地面のような音の後、どさどさ、と人が何人か倒れたような音が聞こえた。

「立て!」

 ベルナルドは僕らに荷物を持たせると色眼鏡をかけた。窓から腕を出して杖を下に向ける。「閃光!」窓の外が明るくなる。

「目ぇつぶれ!」そう言うと僕とレーナを両脇に抱え、2階の窓から飛び降りた。ベルナルドの繰り出した強烈な光があたりを包み、何も見えない。距離感がつかめないまま着地して足に激痛が走った。「どこだ!」「見えない!」「くそ!」と荒々しい声が飛びかっている。窓の下には別動隊がいたのか。ベルナルドに背中を押されるまま、走った。前方でキキィっと音がした。「乗るぞ、目開けろ!」

 

 乗ったというより無理やり押し込まれた。僕の後ろでレーナがドアを閉めようと手を掛けた瞬間、車が急発進する。ギュルギュルとタイヤが鳴く。バランスを崩したレーナの手をとっさにつかんで車内に引きずり込んだ。レーナの体が僕の膝の上にドスンと乗っかってきた。

「遅れてすみません」

「いや、助かった。」

 助手席でベルナルドが深く息を吐く。運転席にはガエターノ。

「誰?やつら」

「カモメだと思います、バッヂ見ました。」

 ガエターノが一層深くアクセルを踏む。深夜の街は街灯が点々と存在する以外ほとんど明かりがなく、どこを走っているのか全く分からない。

「思ったよりしっかり張られてたな。」ベルナルドがふうっ、と息を吐く。

「ねえ、どうしてばれたの?」

 前の座席に身を乗り出して僕が訪ねると、ガエターノが前を見たまま舌打ちをした。

「まあ、しょうがないな。勉強だ勉強。」ベルナルドがからかうように言う。

「僕が…? ひょっとして受付で話をした時のこと? でも、何も言ってないよ。」

「指だ」

「…指?」

「釣りを両手で握らせたって言っただろ。魔法の杖使いなんて、手を見りゃわかる。」

「……!」

 悔しくてぎゅっと手を強く握った。魔法の杖を使う者の手にあるもの、それは、杖ダコだ。絶えず杖を振っていると、人差し指の第一関節の内側の皮膚が硬くなり、盛り上がる。見る人が見れば、一発でわかる。自分の軽率さが恥ずかしくて情けなくてがっくりと頭が下がった。

「それで…逃げるの? どこに向かうの?」

「頭低くして黙ってろ!」ガエターノが叫ぶ。

「教えてくれたって!」

 カチンと来て思わず僕も言い返したその時、頬に鋭い風を感じた。触ると、指の先が赤く染まっていた。

 

 え? 血?

 

 まぶしい光で一瞬視界が真っ白になった。ブオンという排気音が響き、後方からの車のライトがこちらをまっすぐ照らしている。照らされた僕らの車の後部窓には、小さな穴が開いていた。

「風矢かな」「ったく早いです」顔をしかめたベルナルドにガエターノが淡々と返事をする。

「ちょっと相手してくるわ。運転頑張って」

 ベルナルドは無理やり後部座席に身を乗り出すと、よーいしょ、と言って僕とレーナの間に入ってきた。そしてレーナの腰に手を回し、自分がいた助手席に乱暴に押し込んだ。きゃ、とレーナが軽く声を上げる。

「夕飯で食べたピザの上に、何が乗ってたか覚えてるかいレーナ。全部当てたらご褒美だ。」ベルナルドは優しく声をかける。そこでまた、ビシュ、と窓に穴が開いてベルナルドのスーツの端を風が破って抜けていった。

「気を付けてくださいよ。3発に1発は当たってます。いい杖使ってますよ」

「ガエターノ、言うようになったじゃねえか」ベルナルドは右手に杖を持ち、車の天井に向けた。

「獅子吠え!!」

 

 杖が光って、車の天井がボン、と吹っ飛ぶ。生暖かい風がごうっと車内に吹き込んでくる。ベルナルドは「グラッチェ!」と嬉しそうに小さく叫ぶと座席の上に立ちあがり天井の穴から体を外に出した。そして、左手で右胸からもう1本、杖を出した。

「そんなこと…できるの?」

 驚いた僕の呟きは聞こえなかったはずだが、杖を持った両手をさっと横に広げて構えたベルナルドが大声で僕に返事をする。

「俺は昔から器用さだけが売りでな。弱虫の戦法ってやつだ!」

「さあ、頼むぜカロン、ロッシーナ。」ベルナルドは願うように杖の名を囁き、呪文の詠唱を開始する。両手はそれぞれ異なる軌道を描き始める。大きな円、それから小さく波打つように軽やかに動く左手の杖“カロン”は、空中に輝く円盤を生んだ。それをその形を保ったまま、ふわふわと2台の車の間で漂わせる。カロンはすぐさま次の円盤を作り始める。あっという間に数個の円盤が宙に漂い、僕らに向かって飛んできた敵の風矢がそのひとつに衝突し、びじょん、というギターの弦が切れたような音がして互いに消滅した。一方、右手の杖“ロッシーナ“は力強く握られ、追手の車にまっすぐに向けられた。その先に青白い光が蓄えられると、ベルナルドは釣竿を投げるかのようにくいっとロッシーナを振った。光はバチバチという音とともに細長く伸び、光の針となって追手の車にうねるように飛んでいき、ボンネットの上でバチンと爆ぜた。


 「銀盤無常」と「インドラの蛇」。


 2本の杖で防護と攻撃の魔法を操るベルナルドの姿は、管弦楽団の前に立つ指揮者のようだ。相当の精神力が必要なはずなのに、口元にうっすらと笑みを浮かべているように見える姿を、僕は車の中から首を上げて見とれてしまっていた。

ここ、めちゃかっこよく書きたかったところです。どうでしょうか。

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