15.旅の夜にひとつだけ油断する
15話目に来てくれてありがとうございます
市場を堪能したあと僕らは動物園で初めて見る動物たちに歓声をあげ、古代から残るきれいな石畳の道を歩き、最後は巨大な食堂で舌鼓を打った。宿泊する小さなホテルの一室に着いた頃には、すっかり夜になっていた。
部屋に入るとベルナルドはそのままばったりとベッドに大の字に倒れ込み、僕も真似をしてバタンといった。それを横目にレーナは黙って椅子に腰を下ろす。
「もう動けないよベルナルド」
「孫のお守りは最後にしたいな」ベルナルドは大の字のままうーんと唸って背中を伸ばした。
「腰痛いわ。レーナちゃん腰押して」
「はい」
「お、ありがたい」
あおむけになったベルナルドの腰に馬乗りになって、レーナが両手で腰を揉み始める。曲げた足が僕の顔のすぐ横にきて、反射的に顔をそむけた。
「うええええ、そこおお」
「気持ち悪いよベルナルド」
「うるせえな、年取らねえとこの気持ちは分からねえよ」
僕は子供扱いされたのが悔しくて、ベルナルドの脇腹をくすぐる。
「いひゃひゃ!やめろこら!」
「やめろやめろひひひやめねえと許さんぞひひひ」
「やめない」
「いひひそうかそうかひひひ、ならこうしてやる」
ベルナルドは僕らを跳ね除けて起き上がると、僕の腹の上にまたがった。
「あ…」
「おじいちゃんを敬えない孫にはお仕置きだ」
ベルナルドの目がきらりと光り、次の瞬間僕は悶絶する。
「ひゃひゃはやめてべルナルド!ごめんなさい許して!」
「だめだ。3倍返しだ」
「もう3倍もう3倍終わった!ごめんなさいひゃひゃひゃ」
「次はレーナだ!」
「私関係ない!」
「ある!」
「レーナ、2人でベルナルドを攻撃だ!」
ベッドの上は戦場になった。
旅の高揚感は恐ろしい。疲れているのに余計なことをするからこうなるといういい見本だ。ひとしきり暴れた後、レーナはそのまま寝息を立て始めた。僕もへとへとで寝てしまいそうだった。
「どうだルチアーノ。諜報は面白いだろ?」
窓際の小さなソファにだらっと座っていたベルナルドが笑いながら言う。
「本気で聞いてんの?僕ら遊んでただけだよ」
「もう終わってるんだぜ。それも一番初めに」
「何言ってんのさ」
あきれ顔の僕を見て、ベルナルドは少しだけ真面目な顔を作った。
「いいかルチアーノ。港に集まるのはモノだけじゃない。商売に関わる色んな奴らが集まってる。そして当然、愚痴や噂話なんかもな」
「それを聞いてたっていうの?あのうるさい中でどうやって?」
ベルナルドは兎の真似をするかのように自分の耳に両手を当てて、得意げに微笑んだ。
「この耳が、砂浜に埋もれてる宝石の声を聴いてくれるんじゃよ」
嘘ではない、と思った。本当の事を話してくれていると。僕らがはしゃいで質問攻めにしている最中でも、ベルナルドは市場の全ての会話を聞きもらさずに、なおかつ選別していたのだ。フラフラ遊び歩いているという噂ばかり聞いていた叔父の本当の力。誰にも真似できない力だ。
「ひとつだけ教えてやるよ。ああいうところで情報を集めようと思ったら、誰が怪しそうだとかここが気になるとか、目標を決めちゃだめだ。そういう偏見は視野を狭める。都合のいいことにしか反応しなくなるんだ。全ての声に、平等に反応しろ。それが諜報のあるべき態度だ」
知らぬ間に顔が火照り、口の中はからからだった。
「受付けでジュースもらってくる。」僕は部屋を飛び出した。待て、とベルナルドが呼び止めたが「すぐ戻るよ!」と叫んで階段を下りる。
受付にいたおばあさんはとても愛想がいい人で、旅行を楽しむんだよ、とただでオレンジのジュースを3本もくれた。部屋に戻る途中で喉を潤しながら、僕はとても満ち足りた気分を感じていた。この旅行に来てよかった。僕にはまだまだやれることがある。島に帰ったら、今より何倍も魔法を練習して、ベルナルドに褒められたい。レーナの修行だってきっとうまくやれる。僕がファミリーの一員として認められれば、掟を破ったことも大きな一歩として感心されるかもしれない。
ベルナルドの隙のない仕事っぷりは、僕自身にも万能感を与えていた。今夜はもっとベルナルドと話したいと思いながら部屋の扉を開けると、目の前でベルナルドが待っていた。
「びっくりした。脅かさないでよ。みんなの分もあるよジュース」
「誰と話してきた。」
「え?」
低く問い詰めるような声。
「誰と話してきたんだ。」
「受付のおばあさんだよ。さっきもいたでしょ、あの白髪の」
「どんな話をした?」
「どうしたのベルナルド。そんな尋問みたいな聞き方しなくても」
「いいから話せルチアーノ」
ベルナルドの態度は明らかにさっきと変わっていた。なにかまずいことをしたんだろうか。不安が鼓動を速める。
「受付で、ジュースをくれって言ったんだ。そしたら旅行かい?って聞かれたから、そうだって答えて。」
ベルナルドが小さくうなずいて先を促す。
「派手なおじいさんだね、とか。どこから来たの?とか。それにはコルレオ島からってホントのことを言ったよ。問題はないでしょ。」
「ああ」
「で、楽しんでね、お金はいいから持っておいき、って3本もくれた。僕の両手を取って抱えさせてくれたんだ」
ベルナルドがいきなり僕の両手を取る。手のひらをぱっと見てすぐに小さく舌打ちをすると、駆けるように部屋の奥に戻り荷物をまとめ始めた。
「ちょっと、どうしたの」
「レーナを起こせ。すぐに出るかもしれん。」
「こんな夜ふけに? 僕、さすがにそろそろ寝たいんだけど」「早く!」
聞いたことのない鋭い声でベルナルドが叫んだ。僕は納得いかずに詰め寄った。
「ねえ説明してよ、どうして」
いきなり口と体をベルナルドに押さえつけられた。そのままベッドの陰に身を隠すようにうつぶせに倒される。「静かに」ベルナルドがささやく。
何も考えられず、ただ横目でベルナルドの顔を見ていた。眉間にしわを寄せて神経を研ぎ澄ませているようだ。部屋は静かで何も聞こえない。かすかなレーナの寝息だけだ。唾を飲んだ。いつまでこのままいるんだろう、と思った時、どこからかギィと小さな音が聞こえた。ベルナルドと目が合う。口を開こうとした瞬間、腕を思いっきり引っ張られてベッドの横に放り投げられた。痛いと思う間もなく、レーナが後から降ってきて僕はあわてて受け止める。「ちょっとベルナ…」
「頭上げるな!」
旅行したいな~。四国に行きたいです。




