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14.祖父と孫との諜報を始める

14話目に来てくれてありがとうございます

 会議が終わると、ファミリーで一番若いロッシが駆け寄ってきて、興奮気味に口を開いた。

「お前、よく言ったな。びっくりしたよ」

「自分でもそう思う」僕は照れ笑いを隠せずに答える。「まだ心臓バクバクしてるし」

「けど、一番びっくりしたのステファノのことだよ」ロッシは年長者たちが皆出ていったのを目でチラチラと確認して続けた。

「ファミリーをあんなふうに思ってたなんて。信じられない」

「僕もだよ」と同意する。

「あの人、俺のことけっこうかわいがってくれてたんだ。まあ怒られることのほうが多かったけど。で、飯を食う時はいつもファミリーのためにどう生きるかってことをくどくどと語るわけ。もうさ、洗脳だよね洗脳。おかげですっかり俺はステファノ派になってたわけ。なのにさ」

ロッソは下唇を突き出しておどけた。

「ロッソはステファノが言ってたことが、その通りだと思う?ボスが言ったとおりだとしたら、ってことだけど」

「そうだな、極端だなとは思うよ。作るより壊せ!みたいな? …でも、ちょっと分かっちゃう気もするんだ。強さを求めないファミリーなんて、それって商工会と一緒じゃん、ていうか」

ロッシは大きく息を吐いて「ま、そう思うのも俺がステファノ派だったからかもね」と思いっきり微笑むと、じゃな、と僕の肩を叩いて帰っていった。

 

 強さを求めることは非難されることじゃない。僕だってそう思っていた。でも僕はステファノに殺されかけた当事者だった。あの時ステファノが僕に浴びせたおぞましい悪意が、強さを求める先に生まれるならば。そこに幸せな世界は生まれない気がしてしまって、どうしても大きくうなづけないのだった。けれど、ステファノがそうだったようにロッシもこのコルリオ・ファミリーの未来についていろいろ考えていたってこともまた、間違いのないことだった。それだけで僕は、何も考えていない僕は、何歩も後ろを歩いているような罪悪感で胸が少し痛くなった。



 3日後。

 潮をふくんだ強い風を全身に浴びる。帽子が飛びそうになるのをずっと押さえているのはかなり面倒だ。

 島の港から4人で乗り込んだ船は50人乗り程度の定期船で、島の住民もたくさん乗っていた。良く晴れて波は穏やかだが、船が結構な速度でグングンと進むせいでよく揺れる。僕は着慣れない木綿のシャツに半ズボンを合わせられて、ベルナルドにからかわれた。レーナは長い丈のスカートにシャツという見慣れているいつもの格好。

「嫌なら中に入ってろよ。それとも、酔って気分が悪いのを見られたくないか?」

ベルナルドがにやにやしながら冷やかす。すぐさまレーナが「酔ったらお姉ちゃんに言わなきゃだめよ」と笑いもせず続けた。

 ベルナルトの提案で、僕らは“漁師のおじいちゃんに連れられて街を見に行く孫の姉弟”ということにされた。怪しまれないように変装が必要なのは理解できるけれど、僕はものすごく不満があった。確かにレーナより背は低いけれど、弟ってことはないだろうと。明らかにベルナルドが楽しんでいるだけだ。そう思ってベルナルドに文句を伝えたら「お前ら完璧な仕事をしてるぜ。誰が見ても、仲の良くない姉弟って感じだ。」と褒められてしまった。

 一方ベルナルドはというと、艶のない白髪と長い髭、顔には深い皺が刻まれていて、そこまではどう見ても漁師の老人なのだけれど、白いシャツに真っ赤なスーツ、羽根飾りのついた黒い帽子 という、世界で一番目立ちそうな格好をしていた。そんな恰好の老人はいないだろうと指摘すると、ベルナルドは「わかってねえなあ」と笑った。


 「目立たないようになんて考えるから逆に怪しまれんだ。確かにこの服は目立つ。こんな老人はなかなかいねえ。けどな、一度「変なやつ」だと記憶にとどめさせちまえば後はもう“さっき見た知ってる奴”ってことで、安心しちまうもんなんだよ。人間てな、不思議なもんだ」

 僕は「ふーん」とだけ答えて、わかったふりをして海面に目を向けた。水平線まではっきり見える、穏やかな海。エンジンと風の音だけが聞こえていて、この海の向こうに面倒な争い事が待っているとはとても思えなかった。


「ねえベルナルド。本当にコルレオファミリーは狙われてるのかな? こんな大きな海に隔てられている島の事なんて、いったい誰が気にするんだろう?」  

「まあ、大きいのは確かだな。海は」ベルナルドは風で飛ばされそうになった帽子を押さえながら言った。

「でもな、遠いから気にならないってのは違うぜ。こんな大きな海で隔てられて実態がわからないからこそ、人ってのはいけない想像を働かせてしまうもんなのさ。きっと俺達を狙ってるそいつらは、島を宝の山だとでも思いこんでるんだろうよ」

 わかる気もした。世界の東の果てに黄金の国があるという噂話も聞いたことがある。それはおそらく浪漫なのだろう。けれど、浪漫で殺されてはたまったもんじゃない。


「ちょっといいすか?」

 いつの間にかガエターノがそばに来ていた。僕は反射的に体が硬くなった。黄ばんだような色の背広と麦で編まれた白い帽子。穏やかな印象の服装に、決して笑わない目が不釣り合いだ。

「どうした?」

「あっちで」

 ガエターノはベルナルドの返事も聞かず、客室のほうへ歩き始める。僕に聞かれるのが嫌なのかとイラッとしたのを察したのか、ベルナルドは僕とレーナの頭をポンッと叩き「いい子にしてるんじゃよ」と笑ってガエターノの後を追った。以前デュランダの間でガエターノに殴られた頬が、思い出したように疼いていた。声は聞こえないけれど、ベルナルドが笑うようにしゃべり、ガエターノが軍人のように頷く。襟足からのぞくガエターノのひよこのような金髪を見ながら、僕はきっと彼に嫌われている、と考えていた。僕が彼を嫌いなように。早く本土について、別行動がしたかった。

 

 船を降りる前から目を奪われていた。船が停泊したヴェネトリア港は自治領内でも五指に入る大きな港で、極彩色の景色と劇団のような騒音が支配していた。

「すごい人だね、おじいちゃん」僕はベルナルドに、設定どおりに話しかける。

「国中の魚はもちろん、ずっと遠い国の香辛料や織物、宝石なんかまで入ってくる。それに関わる色んな人間もな」

 背中を丸めて老人になりきったベルナルドの顔が、いつもより低いところにあって妙な感じだ。船はひしめく商船の隙間を縫うように進み、桟橋に泊められた。

「よし、降りるとするかい。ここからが本番じゃぞ!」ベルナルドがしわくちゃの顔で笑った。僕が先に降りて、ベルナルドの手を引く。続いてレーナの手も。僕らが降りた後、ガエターノがととんと船を下り、そのまま人ごみに消えていった。

「ガエターノはどうするの?」僕はガエターノのほうを見ないで聞く。

「他人じゃ他人。気にするな」

 きっと、彼は彼で任された仕事があるんだろう。僕は改めて港に目を向ける。この世の色が全てあるかのような賑やかさ。ベルナルドの赤いスーツも、むしろ正装であるかのような気がしてくる。

「どうするのおじいちゃん」

レーナが聞いてくる。

「そうじゃの、まずは港を見て回ろうか。向こうに市場があるんじゃ。覗いて歩くだけでも楽しくてたまらんぞい」

ぞい、って。それは老人らしいのか。

「ほれ、みんなで手をつなぐんじゃ。はぐれたら大変じゃからの」

 レーナは黙って素直に僕の手を取った。なんのためらいもなくて、それが僕はちょっと悔しかった。


 市場はものすごい混雑っぷりだった。荷を下ろす人、積む人。運ぶ人。運ぶ馬。物を買う人、売る人。怒る人、謝る人、怒り返す人。こんなに大勢の人が自分勝手に行動しているのを初めて見た。それはあまりに生命力にあふれすぎていて、気分が悪くなるくらいだった。恥ずかしいけれどベルナルドの手を一度も離せず、むしろ強く握った。レーナは僕よりは慣れている感じで、それでも必死に人の間をすり抜けている。老人に扮したベルナルドがゆっくり歩いてくれていなければ、あっという間に迷子になっていたことだろう。喧騒に翻弄されながら珍しい品物を見て回るうちに、レーナが隣ではしゃいでいるのも手伝って僕は仕事のことなんてすっかり忘れていた。

船にはずいぶん長い間乗ってません。最後に乗ったのは石垣島だったかな…

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