13.愚息は勇気を振り絞る
13話目に来てくれてありがとうございます。
席に着いた一同の顔はみな不安げだった。おそらく事件の真相も事件後の進展についても何も聞かされていないのだろう。そして僕は自分だけがのけ者にされていたわけではないことに安心していた。最後に入室して席に着いた父は、そんな面々の不安に気づいていないかのように淡々と話し始めた。
「ステファノは、我々が堅実にオリーブで商売をしているのが気に食わなかったと言っていた。世界に恐れられるために変わらなくてはいけないと。だから、殺せざるを得なかった。」
ボスはいきなり爆弾を投げつけた。僕以外にはおそらく初耳の話だろうが、誰も口を開かない。部屋の緊張は一気に最高潮に達していた。
「そのような要求にこたえるつもりは全くない。恐れられる必要もない。我々が対処しなくてはいけないことは別にある。ステファノはなぜそんなことを考え始めたのか。そして、どのようにして世界に恐れられようと思ったのか、だ。幸運なことに、それらについてはある程度わかっているつもりだ。」
父の声が淡々と部屋に響く。
「カモメの牙。死んだドミニコがこの島に来る前に仕事をしていたファミリーの名だ。」
話がいきなり飛んで、皆の顔にいぶかしさが浮かんだ。
「カモメ…昔からある家じゃねえな。おかしな名前を付けたもんだ」カラッジョがボソッとつぶやく。
「ステファノが野心を膨らませたのは、ドミニコの素性を知ったことがきっかけだろう。ドミニコは本土で杖職人と殺し屋を兼ねていたことがあった。その際に世話をしたのがカモメの牙。それは生前本人から私が直接聞いた。それをステファノも知ったのだろうな」
裏切り者への憎しみ、哀れみは感じない。父は淡々と僕らに告げていく。
「あいつは我々ファミリーに対する忠誠と理想が強かったからな。ドミニコを疑ったのは、純粋にファミリーを守ろうとする行為だったのかもしれん。だが、なんらかの方法でカモメの牙とつながったことで変わってしまった。むこうはステファノの野心を見抜き、うまく持ち上げそそのかしたのだろう。そして残念ながら、ステファノはそれに乗ってしまった。敵が上手かったということもあるが、それ以上にステファノは我らファミリーに失望していたのだろう。」
父はそこでため息をつくと初めて感情を表し、「残念だ」と本当に残念そうに漏らした。
これは父の想像だと思いながらも、僕は話に聞き入ってしまっていた。ちらちらと周りの様子をうかがうと、やはり皆かたずをのんで話の続きを待っている。ベルナルドだけが椅子にだらしなく腰掛けて、目を閉じたまま杖をもてあそんでいた。
「だが疑問は残る」と父は続けた。
「ステファノがそこまで考えていたとして、カモメの牙というのはその願いをかなえてくれるほどの存在なのか。私の記憶にはそんな大きなファミリーは存在しないし、古参がたくらむにはあまりにも愚かで危険の大きな仕掛けだ。カモメの牙について何か知っている者は?」
父は顔を上げて皆を見回したが、全員首をひねるばかり。「ファミリーなんてそうそう増えやしねえしな」「それにたいていは組の名前ってのは故郷かボスの名前がついてるもんだぜ」「うさんくせえ話だな。ほんとにいるんですか?そのカモメってのは」みんなが口々に発言し、ひとしきり昨今のマフィア事情が確認された後、
「行ってきますよ、本土」
ベルナルドが、だらしなく座ったまま手を軽く上げた。
「こうなりゃあれこれ想像しててもらちがあかない。向こうの雰囲気も変わってるかもしれないし、ちょっとつついてみたほうがいいかもしれない」
父はほんの一瞬考え込んだように見えたけれど、すぐに「頼んだ」とうなずいた。
「ではこちらは帰ってきた後の準備をしよう。ミケーレとトンマーゾは港の調査を。ガエターノとマッテオはステファノの経理簿を洗い直せ。ダビドとミケル、ロッシはミケーレとマッテオで割り振れ。メノッティはベルナルドの用意を手伝え。以上だ。」
僕には何も指示がなかった。ステファノの一件に関わったことで少しは何か変わるんじゃないかと祈るような気持ちでいた自分をみじめに感じた。なんとなく予想していたのに、今までと同じ扱いを受けただけなのに、初めて悔しくてたまらなかった。
「ボス、俺も本土に行かせていただけませんか。」
突然の声に全員が顔を上げた。ガエターノは背筋を伸ばして座ったまま、つぶれた右目を父に向けていた。
「知っての通り俺はステファノさんの下でずっとやってきました。そのせいで俺も疑われても仕方がないと思ってます。」
皆は少し気まずそうに顔をゆがませた。「そんなことないですよ」とわざわざレオルーカ弟が声をかけたけれど、そんな言葉に意味がないことは皆知っていた。
「ですが、俺は何も知らなかった。あの人のやったことに失望してる。俺はこのファミリーに命を懸けていることを証明したいんす。」
「お前みたいな目立つ奴が一緒にいたら、怪しい一行ですよと宣伝してるようなもんだぜ」
ベルナルドが茶化すように言う。
「別々で動きます。そうすりゃ目立つのは俺だけになります。」
淡々と話していたガエターノの顔に少し赤味がさしていた。口調が少し熱くなっている。
「囮にでもなるつもりか。危ないぞ」カロジョロのしわがれ声が響く。
「少しはかき回したほうが、敵も動きやすいでしょう。動かすのが目的でもあります。それに」
「分かった。」
父が短くさえぎった。「行ってこい」
「…ありがとうございます」
ガエターノは息をつき、椅子に深く腰を落とした。みんなもほっとしたようで、部屋の空気が緩んだように感じた。
「僕も行きます」
と、僕はいきなり立ち上がった。
全員の目がこっちを向いているのを感じたけれど、誰よりも僕が一番驚いていた。ちらりと見えた父の目が険しく細まった。
「ルチアーノ、どうしたんだよ急に。」「ガエターノの真似か?面白くねえぞ!」メノッティとトンマーゾが、おどけた調子で言う。でも、顔があんまり笑っていない。多分、冗談にしてしまって上手く流してくれようとしてるんだろう。僕だって、もう一人の自分がやめろって言ってるのは感じていたけれど、足がもう座ってくれなかった。
「何か、したいんだ」
必死に絞り出した声は小さくて震えてしまって、自分でも笑ってしまいそうになる。でも言ってしまった。言えた。あとは、悔し涙が出る前に全部言い切ってしまえ。
「ステファノが僕を殺そうとした時の顔は今でも忘れられない。あんな殺意が自分に向けられたことは今まで一度もなかったんだ。」
まるで誰か他人がしゃべっているような感覚。一方で、顔の温度が上がっているのははっきりと感じられていて、ものすごく赤い顔をしていると思うと恥ずかしかった。
「僕は今までファミリーに対して何もしてこなかった。何をしろと言われたこともない。それでもいいやと思ってたけれど、あのステファノの言葉を思い出すたびに苦しくなるから…」
死んでるようなもんだったしな。
月光でぼんやり照らされた、ステファノの蔑んだ笑い顔が浮かぶ。
「僕は役に立たないかもしれないけれど、そんな子供がベルナルドと一緒にいればまやかしくらいにはなるかもしれない。それでもいい。ボス…は…ボスは僕に何も期待していないんだろうけど…でも、僕は…」
言葉が出てこないのが自分でも悔しかった。みんな黙っていた。静寂は永遠のように感じられた。
「いいんじゃないですか?」
空気を壊してくれたのはベルナルドだった。
「面白いアイデアですよ。ルチアーノの情報はほとんど知られてないし、ガエターノの搖動と合わせれば二重の安全策になる。」ちらりと父を見ると目が合って、すぐにそらした。どうするんだ。お願いだ。
「ベルナルドに任せる。これで決定だ。各自よろしく頼む。以上。」
父はそれだけ言うと席を立った。僕はぎゅっと目をつぶったまま動けなかった。良かった。「あ、ボス。どうせなら」
ベルナルドが楽しそうに父を呼び止める。
「ドミニコの娘も連れて行きますよ?」
「好きにしろ」
父は振り向かなかった。僕は耳を疑った。ドミニコの娘って、レーナのこと?
会議は嫌いです




