12.レーナが魔法を覚え始める
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レーナの借家はすっかり燃えてなくなってしまったため、代わりの住まいとして父はグレコ家の使用人が昔使っていた小屋をあてがった。それは僕の家の薬草加工場の隣に立っていて、僕は毎夜こっそり部屋を抜け出しレーナに魔法を教えて朝が来る前に戻ってきて寝る、という生活をすでに1週間続けていた。
当然日中は眠くて仕方がなかったけれど、同じように睡眠不足なはずのレーナは、昼間オリーブ畑の手入れなどをして僕よりも疲れているのにもかかわらず毎晩元気に魔法の杖を振った。そして、驚くほどに早く魔法の使い方を吸収していった。
魔力というものは、人なら誰でも持っている自然との対話の力だ。魔法を使う者は、自分自身と自然とをつなげることで自然の持っている様々な要素を操ろうとする。祝福を受けた杖はその自然の力を増幅するための装置。詠唱とは力を出すための蛇口をひねる作業に近い。いかに自然の力と親しくなれるかという精神を整える訓練とともに、最小の力で最大の量の水を流すための、蛇口のひねり方も重要になる。乱暴に魔法を唱えれば力も乱暴に放出されるが制御しづらく、慎重すぎれば冬の小川のように弱々しく流れてしまう。
レーナの上達が早かったのは、彼女の心の安定が大きな要因だったと思う。父親を殺されたショックは彼女の心を乱してはいたけれど、出会った時から彼女が大きく感情を揺らさないことは気づいていた。心の乱れを制御しているというのではなく、まるで心の中に大きな海があって、功名心も見栄も恐れも全てその海が呑み込んでしまっているような、そんなふうに思えた。
「海…?」レーナは意味が分からないというような顔で眉をひそめ
「そう、なんかさあ、どんな大きな岩が落ちても、ぼちゃん、ぶくぶくぶく、終わり、みたいな、そんな大きな海を持ってるように見えるんだけど。」
「そう? わからないけれど。」
「どうしたらそんなふうにいつでも落ち着いていられるんだろうね。僕も欲しいよその海が」
レーナはくすっと笑って、また杖を振った。「お願い。」
杖の先の空気がゆらっと揺れて、ため息のような風が地面に挿してある羽ペンの羽根を揺らした。
「難しいね。」レーナが眉間にしわを寄せる。
「杖を振った回数を考えたら、ものすごい上達だと思うよ。」
「早くルチアーノみたいになりたいの。みんなに認められて、誰かの役に立ちたい。」
ことあるごとにレーナが言うこの僕への称賛がとても恥ずかしかった。僕みたいに、だって?ファミリーの中で何の仕事もまかされず、ただボスの息子だというだけで椅子に座っている僕みたいに。何も知らないレーナのあこがれは、ただただ馬鹿にされているだけに聞こえてしまって嫌だった。それを嫌だと思っている自分も嫌だった。
「ねえ、今日はこれくらいにしよう。」
それでも精一杯冷静を装って、レーナの杖を返してもらおうと手を差し出すけれど、レーナは「もうちょっと」と言って杖を振り続ける。これも毎晩のお約束。
魔法を教えていることを秘密にするために、僕はレーナに杖を貸しっぱなしにするのを断っていた。魔法の練習は僕と一緒の時にしかできないようにすれば、勝手にレーナが魔法を使っているところを見られる危険は少なくなる。けれど別の言い方をすれば、レーナが魔法を練習している間は僕が先にやめて帰るわけにはいかないということだった。レーナはとても熱心な生徒なので、あと10回と言えば20回は杖を振るし、最後の1回ね、と言えばさらに3回という具合にきりがなかった。
レーナと一緒にいることは、もはや僕にとって喜びではなかった。いつか誰かに知られてしまったら、怒られるどころじゃすまないだろう。なのに自分から「やめよう」とは、悪者になる気がして言えず、彼女から「やっぱり良くないことだよね」と終了を告げられる都合のいい結末を願っていた。彼女の魔法が上手くならないよう心の奥で祈り、そのまま魔法を使うことを諦めてほしかった。
それから2週間、ベルナルドが言ったように父の手のひらで躍った者は誰もいないように思えた。デュランダの間の会議が開かれたのは、ステファノの葬式から半月後のことだった。
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