1.オリーブ畑には死体が転がっている
はじめまして。よろしくお願いします。
父親というのは憧れと恐怖の存在であり、妹というのは生意気な生き物だ。それはマフィアの家に生まれようと魔法使いの家に生まれようと同じで、マフィアで魔法使いである僕の家であっても、もちろん当然なのだ。
コルレオファミリーのナンバー2、ステファノ・デナーロが高等魔法の試技で怪我を負ったと聞いたのは、嵐のような風が吹いた夜が明けた日曜の朝のことだった。右腕を折ったとか。朝刊を読んでいた父、サルヴァトーレ・グレコが僕と目を合わせることなく独り言のように教えてくれ、最後にこう言った。
「ルチアーノ、見舞いに行け。」
自慢じゃないけれど、父の命令に背いたことは今までに一度もない。僕は黒いサージのスーツに黄緑色の羽が付いた帽子というファミリーの正装に着替え、最後にオリーブの枝でできた魔法の杖を胸のポケットにしまうと家を出た。
門へ通じる小道は、グレコ家の魔法薬草畑を突っ切るように伸びている。100種類を超える薬草を育てている畑では、運の悪いことに妹のアリアンナがご機嫌そうに薬草を摘んでいるところだった。
アリアンナはすぐに僕に気が付き立ち上がって「ルチアーノ!」と大声で呼んだ。僕はわざとゆっくりと歩いて近づく。妹は白いエプロンで手をパンパンと何度も叩き、苛立ってるアピールを見せつけ「どこ行くの?」と尋問してきた。
「ステファノさんのところにお見舞い」
「知ってる」
知ってるのに聞く! アリアンナは、側に置いてあった大きなふたつの籠を指差した。
「その前にこれ。」
「なんだよ」
「手伝ってよ。重いんだから」
籠にはぎっしりと薬草が入っていた。ムラサキハッカの爽やかな香りに鼻の中が洗われる。僕が起きる前から摘んでいたんだろう。それが役目だとはいえ、なんてよくできた妹なのか。
「摘んだらすぐに燥させたいの。作業場までなんて楽勝でしょ?」アリアンナはくるりと回って歩き出す。大きく編んだ金色の後ろ髪がふわりと跳ねた。
「もうひとつは?」ずっしりとした籠を持ち上げながら聞いてみる。
「もう一回あなたが運ぶの」
なるほど、と僕は小さくつぶやきながら、アリアンナの後を追って魔法薬草の作業場に向かった。
「ずいぶん遅かったのね。」「え?」「朝」アリアンナは前を向いて歩きながら話してくる。
「いいだろ日曜なんだし」
「昨日、遅かったわけ?」
「まあ」
「何で?魔法の勉強?」
「まあ」
「どんな?」
「あのなあ」僕は声を荒げた。「なんでお前に尋問されなきゃいけないんだよ」
「思春期の少年が、健全な夜の過ごし方をしているかどうかの確認よ。」
全く素晴らしい口の利き方だ。もしこの世に「偉そうな妹選手権」があったら、けっこういいところまで勝ち上がるんじゃないか。同時に「偉そうな妹に逆らわない兄選手権」で僕は優勝するかもしれない。そんな大会を一体誰が主催するんだろうか。優勝したら何がもらえるんだろうか。
妹の後頭部をにらみながら歩いていくと、ごりごりごりという音が聞こえ始め、だんだん大きくなってきた。魔法薬草の加工場で大臼が薬草をすりつぶす音だ。うちの加工場は島でも一番大きいので、風車で動かしている4台の臼が同時に回ると嵐の夜のような騒ぎになる。
「ここでいい」「え?」
「ここでいい!もうひとつもよろしく!」アリアンナは大声で僕に命令すると、乱暴に籠を奪って中に入っていった。
「ありがとうは?」一応聞いてみるけど返事はない。ため息をついて引き返そうとした時、アリアンナが戻ってきて叫んだ。
「バッヂ!」「え?」
「バッヂ!それで正装したつもり?」あわてて胸元に目をやる。確かに僕のスーツにはファミリーの証である、笑う羊のバッヂが付いていなかった。
「そんなんじゃお父様の跡は継げないよ!バカ兄!」
顔をあげた時にはもう妹はいなかった。僕は小さく舌打ちした後、頼まれていたもうひとつの籠を畑で拾ってそのままステファノの家に向かった。お見舞いの品をこんなふうに手に入れるとはなんという幸運。僕にはこんな仕返ししかできないのだ、さすがは優勝候補、と自分を褒めてみる。
ステファノの家まで海に向かって下る坂道は、両側をオリーブ畑に囲まれている。このコルレオ島のほとんどはこんな風景だ。秋も少しずつ深まってきて、収穫の時期を待つオリーブの実はかなり大きく色づいている。オリーブはコルレオファミリーの主幹産業で、この島のオリーブは食用としても、またその葉は魔法薬草としても質がいいと評判なのだ。
遠くに一瞬海がきらきら輝いているのが見えて爽快な気分になったけど、今から会うステファノのことを思い出したらあんまり長続きはしなかった。デナーロ家はコルレオファミリーに祖父の代から使える古参の一族で、ステファノは父の右腕として、コルリオファミリーの商売、主に魔法薬草の売買を仕切ることを許されている。ファミリーの中でも一番大きな体をしていて、熊のように強気で偉そうな人だ。熊を見たことはないけれど。
未だにしっかり魔法が使えない僕はいつもステファノに馬鹿にされているような気がしている。僕のことを若、なんて呼ぶくせに、なんだか目の奥で笑われているっていうか。
被害妄想なのかもしれないけれど、とにかく、お見舞いはアリアンナからもらった(!)ムラサキハッカがあれば十分で、この草をイヌカヅラと一緒にすりつぶせば痛み止めの魔法薬草もできるし、そのままでも着火薬になる。朝から僕が頑張って摘んだみたいに思ってくれれば少しは僕の印象も変わるかもしれない。それとも、薬草摘みなんて女の仕事をしてきたのかと笑われるだろうか。
昨日の強い風のせいで畑のオリーブの実はずいぶん落ちてしまって、葉や枝やゴミと一緒に畑に散らかっていた。もったいないなあと思いながらふと足を止めたのは、道から20歩ほど畑に入った木の下に大量の枝葉が山積みになっていて、そこにありえないものが見えた気がしたからだった。
ここはドミニコさんの畑だったな、などと思いながら近づくと、山の中から突き出ているのは確かに人の手に見える。僕はごくりと唾をのみ込んだ。この段階で誰かを呼んでもいいけれど、もし人形か何かだったらボスの息子のくせに度胸が小さすぎるなんて後々まで言われるに決まってる。
というわけで、ここは思い切って確認すべきだ。長めの枝を拾って枝葉の山を少しずつ掻き分け崩していくと、
ドミニコ・ルッソさんの死体が出てきた。
読んでいただいてありがとうございます。とりあえず最後まで完成しているので、ちょこちょこ更新していきます。良ければ最後までお楽しみください。




